刑場へ「元気で行こう」
<山形新聞 1953年12月17日>
死刑囚の手記「わがいのち果てる日に」のなかで幕田氏は十二ページにわたってギリギリまで死と対決した魂を告白している。ある夜「自己即大宇宙」と実感したと感激をつづったのち「”遺書”はぢぢむさいから」と「昨日今日の日記」と題してかいた遺言をみると「昨夜はよく眠った、春雨がふり眠くなるようなうっとりした朝」を迎え午後は大仏次郎、尾崎士郎の小説をよみ夜は「皆さん、悲惨な顔をして送ってくれたが、かえって恐縮する思いで」出発、四年ぶりの酒で「大分よい気持だが矢でも鉄砲でも持ってこいとまでは今少しだ、宿望のトンカツ、ハム等を御馳走になり一同”元気でいこう”」と声をかけ合い「今夜の死出の旅も小学生が未知のところへ遠足に行くような気持だ」と書いてあった。―私は殺されるのではない、私はこの世界なのだーという氏の最後の境地が母とめさんにはこの文中からヒシと感じられるのだろう。「これからも力強くいきます」と話を結んだ。
















