受賞者あいさつ
自分について語るための言葉が自分にはないという感覚をずっと持っていて、ほんとうのことは言葉として口にする瞬間に溶けてに消えてしまうから、雪みたいだなと思ったりします。諦めることや手放すことで折り合いをつけてきたたくさんの出来事のなかで、どうしても手放せずにいたこと、それをまだちゃんと自分の手が握りしめていると確かめるために書いているのかもしれません。
「死ななくてよかった、と思える日に思い出して」、と書き残した四年前の自分へ、いまこの地点から応答したいと思います。自分はいまも書くことをやめないでいると。
中原中也賞の報道発表資料をご覧になった方はご存知かもしれませんが、わたしは、クィアのノンバイナリーです。これまではずっとクローゼットの中にいました。特に性別の記入を求められない限りは言うつもりがなかったからです。中原中也賞に応募するとき、応募用紙に性別を記載する欄があったので、そこには無性と記載しました。性別を選択することを迫られたり、記述を求められることは、社会から要請されるラベルを自分自身に貼り付けているような気持ち悪さがあり、未だに馴染むことができずにいます。自分にとって、どのように名指されることも、それが自分自身を指すものであると形式的にわかっていても、どこか表層の毎日剥がれ落ちてゆく部分を呼ばれているような感覚があり、自分が自分として生きるということは、常にそのような違和に立ち止まり、対峙することの連続によって成るものでした。例えば、容姿で、髪型で、装いで、声で、振る舞いで、言動で、あるいは名前で、あらゆるものによってどちらかの性別の人間であると他者から判断される、それは意識的にも無意識的にも行われることで、その視線は、どちらにせよ自分にとっては最悪でした。成清朔は、自分の言葉における書き手です。性別というものに落とし込まれること、あらゆる代名詞によって呼ばれることを明確に拒み、自己の内外をつなぐこのことばにおいて、どこまでも自由であることを望みます。このような理由から、本日は司会者さまのお声をお借りして、お話させていただいております。
ユリイカに掲載いただいた受賞のことばにも書きましたが、ここには、かつて行われてきた、いままさに行われている、そしてこれから行われようとしているあらゆる戦争があり、あらゆる暴力があり、あらゆる差別があります。そしてそこには、語られることのない、ひとりひとりの痛みや、悲しみ、怒り、苦しみ、歴史がある。この地上に生きてあるものというのは、過去から地続きの地平に立っていて、ここで起きるすべてのことと関係し得るはずです。そのような場所に立つひとりとして、わたしたちの分かり合えなさについて考えています。どのように生きたいか、生きてゆくかを自分自身で決めること、それは表明しようとも、表明しなくとも、誰に認められなくとも守られるべきものです。たとえ表明しないことを選んでも、それはいないということと同義ではありません。
わたしたちは、それぞれの、自分に表示されるレイヤーのなかで関係しあって
生きていて、そこには非表示になっているレイヤーというものもまたあるのだと
思います。それは存在していないのではなく、まだ見たことのないもの、認識していないもの、知らないもの、見たくないもの、見ないようにしているもの、などが見えていないという状態になっている。学ぶということは、自分に表示されるレイヤーを増やしてゆくことなのではないでしょうか。冒頭に自身がクィアであることにふれましたが、自分は他者から見て、あるいは社会の側から見て、この非表示のレイヤーの側に立っているのだと感じる瞬間がよくあります。これはもちろんクィアに限らず起こっていることです。トランスフォビアやホモフォビアという言葉がありますが、トランスジェンダーであったり、二元的ではない性を生きている人、異性愛規範のなかにいない、同性を好きになる、愛する人、あるいは誰とも恋愛をしない人などに対する差別的な発言や暴力、制度的な不平等や困難、ハラスメントなどがずっと起きています。そして、今まさに行われている戦争、パレスチナのガザやヨルダン川西岸では、多くの子どもたちを含む大勢の人々が民族浄化の犠牲になっていて、いま生きているひとたちも、家族や友だちや近しい人、大切な人が殺されたり、自分自身も常に死の危機に晒されている、それはいまも止まることなく続いていることで、ずっと起きてきた暴力です。非表示のレイヤーにいるということは、想定されないというだけでなく、もっと悪い状態になると意図的に無視されたり、排除されたり、攻撃されたり、最悪の場合殺されたりする。その個人が人として生きる権利を脅かされたり、奪われるということです。














