天地正教 二代目教主「乗っ取られるかたちに…“不本意”」

旧統一教会から財産の移転先として指定されている天地正教。かつて、その「代表」だったという男性が初めてカメラ取材に応じた。
男性はもともと旧統一教会の信者で地方の教会を回り教義を説く立場にあったが、突然、天地正教の「代表」に指名されたと話す。
天地正教・元代表
「“とにかく集まれ”ということで東京に行って。そしたらいきなり、私を指名されたんですよ。何人か偉い幹部がいて。なんで私がやらないといけないのかと思ったんだけど、やれって言われたんだから、それはね」

男性は、既に旧統一教会を脱会しているが、天地正教が文化庁に提出した過去の役員名簿を確認すると、たしかに、1999年からの2年間「代表役員」として記載されている。
男性は代表に指名された直後から、天地正教の信者を旧統一教会に移籍させる業務を担ったという。
天地正教・元代表
「合併を推進すると。私は、全国、頭を下げて歩きましたからね。弥勒様とか祭壇をもう家に持って帰りなさいと。家でまつりたい人はまつってもいいけど、どこかに破棄してもいいですよと。みんな、旧統一教会になるんだからと。名簿上は34万人(旧統一教会側に)行ったことになっていますから。一応、建て前は(天地正教を)いったん退会して、旧統一教会に入会するということですね」
男性は「あくまで名簿上」としながらも、天地正教からおよそ34万人の信者を移したと話した。

これは当時、天地正教の信者に配られていた冊子。旧統一教会との深まる関係について「出会いから和合へ」と説明されている。
実際に、天地正教から旧統一教会に移ったという元信者は…

天地正教・元信者(80代)
「旧統一教会の方へ『合流』というか、『吸収』というか、一緒になってしまった。全部ですわ。天地正教一式全部、旧統一教会に移行したというかたち。『みなさん入りますか?』ということで、そのまま全員、そっくりそのまま。天地正教は仏教系だったけど、旧統一教会はキリスト教系だったので、ちょっと『ズレ』はありましたね」
元信者の自宅は天地正教の「道場」として使われ、真っ白な弥勒菩薩像を据えた祭壇もあったが...

天地正教・元信者(80代)
「“そんなもん石ころだから埋めてしまえ”とかってある人に言われた。(Q.それは旧統一教会の人から?)そうそう。全部砕いてしまって、これも捨ててしまえって言われた。もったいないから置いてある」
祭壇は取り壊され、代わりに文鮮明夫妻の写真が飾られた。

道場には旧統一教会の信者が次々とやってくるようになり、多額の献金を求められるようになったという。
天地正教・元信者(80代)
「家にあるだけ出せっていうことなんですよ、韓国・清平で館を作るとかね、お金のいる話」
そもそも、仏教系の新興宗教だった天地正教。旧統一教会との接点は、初代教主・川瀬カヨ氏の時代に遡る。

これは1993年に撮影された写真。川瀬カヨ氏と文鮮明氏が写っている。

川瀬氏の死後、二代目教主には娘の新谷静江氏が就任したが、信者向けの会報誌の中で、驚きの宣言をする。
二代目教主・新谷静江氏(当時の会報誌)
「弥勒様は文鮮明師である」
弥勒菩薩が実は、文鮮明氏だったというのだ。しかし、この宣言から2年後の1998年ごろに新谷氏は天地正教を去った。
新谷氏は既に亡くなっているが、生前、旧統一教会と天地正教の関係を調査していた弁護士と面会した際、こう話していたという。

渡辺博弁護士
「本来の天地正教の信者がいたにもかかわわらず、そこに、その数倍・数十倍の信者を送り込まれて乗っ取られるかたちになって、そこは“不本意だった”と」
新谷氏は、母親で初代教主の川瀬カヨ氏から勧められる形で文鮮明氏の教えに触れ、当初は「素晴らしい救い主だと信じていた」などと話していたという。
しかし、弁護士が裁判に向けてまとめた陳述書には、強まっていく旧統一教会側からの献金要求に反発する思いが綴られていた。
二代目教主・新谷静江氏(弁護士がまとめた陳述書)
「全国の道場を店舗、信者は顧客として見ていることが分かり、天地正教と信者を守る為、私は文鮮明氏に何度か手紙を出し、話を聞いてもらうことを切望しましたが、その機会は一度も与えられませんでした。結果的に私は、教主という立場を解任させられました」
新谷氏の陳述書によると、その後、天地正教の「代表」には旧統一教会から送り込まれた人物が、就くようになったという。














