広島県福山市が9月の供用開始に向け整備中の「(仮称)まちづくり支援拠点施設」で、現在地に移転する前の備後護国神社を構成する建造物に使われたとみられる石材が見つかりました。

福山市によりますと、同市草戸町で建設中の「(仮称)まちづくり支援拠点施設」で、駐車場付近に新たな水路を建設するため、地下60㌢から1㍍にかけ掘削したところ、大量の石とともに10点未満の細長い石材が3月下旬に見つかりました。

見つかった10点未満の細長い石材のうち、3点は長さ2㍍から1㍍で、「ほぞ」(突起)や10㌢四方の「ほぞ穴」が確認されました。

4月17日、市文化振興課の榊拓敏・文化財担当課長が立ち会って石材を確認。榊課長によりますと、この石材を組み合わせることで神社の参道を取り囲んだ石塀の可能性があるということです。

備後護国神社の江種克二宮司によりますと、戊辰戦争などの死没者をまつっていた「福山招魂社」が、1939年(昭和14年)の招魂社制度の改正を機に「福山護国神社」と改称。戦没者の増加を受け、新たな社を設けようと、新設される「(仮称)まちづくり支援拠点施設」一帯に整備をしていました。

1945年(昭和20年)には施設は完成していて遷座祭を待つだけでしたが、同年8月8日の福山空襲により焼失してしまいました。社の写真は残されておらず、その姿は今となっては定かではありません。

今回の発見は、往時を知る手がかりになりそうです。

江種宮司は「見つかった石材が残っていけば、福山の歴史が次代に伝えられる。いま、他国で戦争が起こっているなか、改めて国のために命をかけた先人と自分たちがつながっていることを大事に思ってもらいたい」と話しています。

備後護国神社は1957年(昭和32年)に現在地に阿部神社と合併する形で設立しています。

石材について、福山市は処分する方針で、この発見で工事に遅れが生じることはないとしています。

市民活動を支援する「市民参画センター」や生涯学習の拠点「老人大学」などが入る「同拠点施設」の工事は7月に完成し、9月に供用開始の予定です。