最大震度7の揺れを2度観測した熊本地震の本震から、きょうで10年です。
熊本地震からの復興のシンボルにもなっている熊本城です。手前の石垣では、今も復旧工事が続いています。
熊本地震の「本震」から、きょうで10年です。県と県内の市町村は、今年初めて合同で追悼式を執り行いました。午前10時に熊本市内で始まった追悼式には、遺族や自治体関係者が参列し、祭壇に花を手向け、静かに手を合わせました。
義父を亡くした女性
「仏壇に『家族を守ってくださいね』とお願いしています。家族でみとることができなかった、本当に申し訳なかった」
父親を亡くした男性
「『ありがとう』が一番ですかね。父親にも最後、『がんばれよ』の言葉をもらいましたし、家族もがんばってきたし」
熊本地震では、4万3000戸以上の建物が全壊、または半壊し、関連死を含めて278人が亡くなりました。
一方で、地震後に亡くなった人の中には、関連死に含まれない「遠因死」と呼ばれる人たちがいます。「娘の死は地震のせいだったのではないか」、遺族はこの10年、ずっと考え続けています。
宮崎市に住む松元智子さん(49)。10年前の熊本地震後に当時1歳8か月だった娘の葵ちゃんを亡くしました。
葵ちゃんは生まれつき心臓に病気を抱えていましたが、宮崎県内には対応できる病院がなかったため、自宅から150キロ以上離れた熊本市民病院を頼っていました。
音楽や踊りが大好きだった葵ちゃんは、入院中に熊本地震で被災。病棟が損壊したため、退院を余儀なくされました。
松元智子さん
「(熊本は地震が起きて)怖いというのがあったので、宮崎に帰れるというのは、正直、安心感もあった」
その後、宮崎市内の別の病院に入院しましたが、容体が悪化。地震から1か月半後の6月1日、葵ちゃんは息を引き取りました。
熊本市民病院の主治医とは連絡を取り合っていましたが、入院先が変わったことの影響は智子さんの想像以上でした。
松元智子さん
「どうしたら良いのだろうと八方ふさがりの状態だった。どうやったら、葵を助けることができたのか、ずっと今でも思っている」
葵ちゃんは熊本地震の死者278人の中に含まれていません。智子さんは葵ちゃんが亡くなった病院に足を運ぶのがつらく、今でも災害関連死を申請できずにいます。
熊本市内ではきょう、遺族が参加する県主催の追悼式が開かれました。しかし、葵ちゃんは熊本地震の死者に含まれないため、智子さんの元には案内が届きませんでした。
松元智子さん
「一応、熊本地震の被災者で被害者だと私は思っているが、その中には入れてもらえないということを改めて感じて」
葵ちゃんは地震の影響で亡くなった可能性がある「遠因死」に当たります。
松元智子さん
「熊本地震で亡くなった方は少ないんじゃないかって、思っている人もいるかもしれない。だけど、本当は隠れて見えない人たちがいっぱいいるんだよというのは知ってもらいたい」
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