あの時、熊本県民の誰もが被災者だった
済生会熊本病院は、続々とやってくる避難者に車中泊の場所として駐車場を開放します。
全国にある関連施設からは物資も届き始めました。
そして、ようやく救急患者の受け入れが落ち着き始めた午前6時半ごろ、家族の様子が気になっていた医師の川野さんは、30分だけ帰宅しました。
川野医師「うちの子ども4歳、2歳、0歳、さぞかし怖い思いをして普段と違う状況なのかなと思っていったら、すやすや寝ていて、周りがこれだけ混乱して現実ではないような中で、当たり前の状況が広がっているのに安心した」

一丸となって災害に対応した600人の病院スタッフもまた、被災者でした。
災害拠点病院の使命「断らない救急医療」地震発生後の救急患者数は、最大で通常の6倍になり、新たに患者を受け入れるため、ドクターヘリによる県外への転院も行いました。
DMATとして、今も活動する看護師の南さん。熊本地震の発生から10年、今、思うことは。
南看護師「なんか嬉しいですよね。復興するのを見守るというか。震災を経験して強く思ったことは、日頃行っていること、日頃やっていることしか有事の際にはできないということ。普段から何を大切に思って行動するか、仕事をするか」
川野医師「普段の準備というのが一番大事なんだろうと。職員の中でも心をひとつにして乗り切るというのが大事ですし、コミュニケーションが一番大事」














