■決して順風満帆ではない
今回のシーズンは快挙の連続となりましたが、実はこれまでの選手生活は順風満帆なものではありませんでした。
大学を卒業後、社会人となり茨城県を中心に競技生活を続けてきましたが、コロナ禍のあおりを受け、支援先の企業を辞めざるを得ませんでした。

そんな中、3年前に開催された「やまがた雪未来国スポ」に向けて選手を強化していた県スポーツ協会から声がかかりました。

その後3年間のスポーツ技術員を経て去年、山形市役所に入職。ゆかりのなかった山形で働くことを決断しました。
内藤智文 選手「東京の出身で(北海道の)下川にいって札幌に行って茨城に行って、転々とする中でそろそろ定住したいというか身を固めたいというか山形に来てしっかり仕事をしたいなという所で紹介をされ受験をした」















