戦時中、大勢の子どもたちを乗せたまま撃沈された疎開船「対馬丸」。28年ぶりに行われた再調査を実現させたのは、執念とも言える遺族の思いでした。
去年11月、無人探査機が海の中へ。目指すのは、水深870メートル。写し出されたのは「対馬丸」の文字です。
戦時中に米軍の魚雷攻撃を受けて沈没し、学童ら1484人が犠牲となった疎開船「対馬丸」の再調査が28年ぶりに行われました。その映像を見つめるのは、数少ない生存者の一人、高良政勝さん(85)。当時4歳だった高良さんは、この事件で家族9人を失いました。
高良政勝さん(対馬丸 生存者)
「(船の)文字を見ると、お亡くなりになった人の顔を見るような感じで、非常に辛くなりましたね」
今回の調査では、沈没に至る痕跡も見つかりました。ギザギザとした形の穴。魚雷を受けた痕とみられます。
最新の3Dモデルで見ると、船体の左舷側に巨大な穴が2か所あいていることがわかります。船首側は外板が激しくめくれあがり、マストが倒れています。船に空いた穴から水が入り、夜の海で、わずか10分ほどで沈没したとみられています。
実は、この対馬丸の悲劇。戦時下では「なかったこと」にされました。事件が明るみに出れば、疎開事業が進まなくなる。それを恐れた日本軍が「箝口令」を敷いたのです。
高良政勝さん
「怒りを通り越していますよね」
高良さんは、今回、生きた証としての遺骨と遺品の収集を求めていました。
高良政勝さん
「単なる財布じゃないか、鞄じゃないかというわけにはいかない。この遺品の中には、お父さんの魂がある」
調査ではロボットアームを使い、収集が行われました。靴や鞄などを探しますが、潮に流されたのか見当たりません。
高良政勝さん
「頑張れ、頑張れ…」
その後、ロボットアームが海底の砂と木片などを何とかすくい上げ、持ち帰りました。そして先週、高良さんの元に届いたのは、遺骨や遺品ではありませんでした。
しかし、高良さんは「やるだけのことはやった」と満足感を語りました。一度は存在を消された家族を国が「迎えに行った」という事実が、高良さんの心を少し軽くしたのかもしれません。
高良政勝さん
「本当に感慨深い。長い間ごめんなさいという感じですね」
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