「母の形見になるようなものは何もなかった」

3人目の証人は、母(70)を亡くした田中彬裕さんです。

土石流は午前10時半頃に川の上流で発生し、それから土砂が流れたとされていますが、田中さんは午前11時10分頃に母親とテレビ電話をしていました。

一度、電話を切りましたが、その後、再度電話をかけたといいます。

<田中彬裕さん>
「電話がつながって一言、『助けて!』と言われました。電話は切れず、周囲のザーッという音がするだけで、急いで119番に連絡しました」

母親は発災から5日後、流された家屋の下に挟まっていたところを発見されました。

<田中彬裕さん>
「母の形見になるようなものは何もなかったです。(災害を)防げなかった方々には怒りを感じますし、直前で母親と電話をしていて『逃げろ』と言っていれば」