人見知りで引っ込み思案な幼少期

幼少期は、人見知りで引っ込み思案な所があった北川さん。人数の関係で必然的に入ったのが、バレーボール部だった。
北川奏美さん
「小学校の時は体も小さかったの、バレーボールがなかなか上達しなくて、しかも強制されてやっているという部分もあるので、いまいち楽しめず。内気な所もあるんですけど、求められると結構頑張るタイプで、中学校の時はキャプテンでした」


高校では、バレーボールの強豪校に進学し、青森市内で下宿生活をした。その頃から始めたのが、バンド活動だった。


北川奏美さん
「中学生が音楽をやっていて、ギターボーカルできたらカッコいいなと思って。中学の頃からちょこちょこ練習するんですけど、あまり上手くならなくて、ずっとボーカル担当ですね」

聴衆の歓声が忘れられず、東京の大学に進学後はバンドサークルへ。そこで生まれた様々な人との交流が、自分の壁を崩すきっかけになった。















