まずはプロ野球選手を目指して「メジャーは考えていなくて」

その名を轟かせたのは、昨年のセンバツの2回戦、西日本短大付(福岡)戦だ。一塁を守っていた菰田は5回に4番手としてマウンドへ。そして高校2年生では大会最速記録タイの152キロをマークし、リリーフとして3イニングを投げ、ヒットを1本も許さなかった。その二刀流での活躍に、日本だけではなくメジャースカウトも山梨に足を運んだ。

3年生を迎えるにあたり、今後の進路を見据える中、「メジャーは今本当に自分は考えていなくて、小さい頃からプロ野球選手になるっていう目標でやってきましたし、まだまだメジャーで活躍できる選手でもないと思っているので。プロで成長させていただいて、その中で活躍するというのが一番だと思う」と話す菰田。

今年1月の初詣では「悔いの残らないように、一番良い形で結果も残るような年にしたい。今年は何事にも勝ちたい」と強く誓った。

勝利へのこだわりを強くしたのは昨年の夏の甲子園(第107回全国高校野球選手権)だった。チームは準決勝まで進み、沖縄尚学を相手に先発した菰田だが、初回16球を投げると右肘の違和感により降板。チームは敗れ、決勝進出を逃し涙を飲んだ。

「次は自分たちが主役になる形で、もう自分が引っ張っていって、もう1回借りを返さないといけない」