死刑囚の棟で迎える三度目の春
さらに1週間後の3月21日、幕田は21歳だった弟、豊宛てに手紙を書いた。
<幕田稔大尉から弟・豊への手紙 1950年3月21日>
前略 皆様いかが、小生変りなし。ここに来てから二年になる。三度目の春を迎え、ぼんやりとしています。久子さんの依頼により敦子にこの前、手紙を出しておきました。ひと雨ごとに暖かくなってゆきます。今日も、運動といってもただ二人ずつ手をつながれて歩くだけですが、外に出て曇りでしたが、暖かく湿った様な空気を胸一杯吸い、春の訪れを味わいました。天地の運行が微妙に私の身体に潜み込み、元気がどちらからか浸み出るのを覚えます。よろしく 三月二十一日 稔拝 幕田豊様
週に一通ずつ書いた手紙は、スガモプリズンからまとめて出され、3月27日の消印が打たれた。山形へも同じ日に届いただろう。
そして、この手紙を書いた約2週間後、幕田の死刑は執行され、これが幕田家に届いた最後の手紙となった。敦子は2025年に94歳で亡くなるまで生家で暮らし、兄の手紙や資料を家に残していた。
















