12歳離れた妹へ 「本当の勉強」をして
スガモプリズンは拘置所であり、冷え冷えとしているのかと思いきや、暖房がきいていて、まだ寒さが残る3月初旬なのに「蒲団一枚でも暑い」とある。手紙の発信は週に1通という決まりがあるので、この手紙の1週間後3月14日に、今度は妹・敦子宛てに手紙を書いた。幕田には妹弟が4人いて、妹二人のあとに弟、そして末妹がいる。二番目の妹が久子、末妹が敦子だ。この時、31歳になっていた幕田と敦子は12歳離れている。
<幕田稔大尉から妹・敦子への手紙 1950年3月14日>
前略 久子様よりの手紙拝読。皆さん御元気の由、安心しています。小生変りなし。散歩に外に出てみるとこの前、蕾が一つしかなかった椿に真赤な花が一杯咲いており、しおれかけていました。少しの間にずいぶん春らしくなったものです。ずいぶん溌剌としているそうですが、年上の人の言行が必ずしも正しいとは言いませんが、一応よく考えてみる様にしなさい。是非に拘わらず必ず為になる事がある筈です。それが本当の勉強だと思います。この様な智識はますます成長します。
三月十四日 稔拝 幕田敦子様
剣の達人で、命令とあれば米兵の斬首もものともせず、軍人として任務に忠実、石垣島では軍刀を抜いて住民たちに食料の供出を強いて嫌われた幕田だったが、妹に宛てたこの手紙の筆跡は小さな丸い文字で、かわいらしい印象さえ受ける。文章も兄らしく妹の将来を気にした優しいものだ。
















