▼岡洋子さん
「(娘の)先輩から『もう死ぬかもしれない』と電話があった時、『やっと、7年ぶりに授かった子どもが死んだら、どうしよう⋯』そんな思いでいっぱいだったんです。ただ『私の娘だから大丈夫』という変な思いもあって⋯」

最終的に娘を迎えに行ったのは“隣町”の避難所でした。毛布にくるまれて帰ってきた娘は、今も避難先の介護施設で働き続けています。

▼岡洋子さん
「あの日、娘の介護施設だけじゃなくて、看護師さん、学校の先生、役場の職員⋯みんな、すごい思いをしたんです。 自分の避難をしなければいけないのに、それぞれ自分に家族もいるのに『それでも自分の職業を全うした』っていうことが⋯」

▼岡洋子さん
「そういう人たちが『本当によくやってくれた』っていうことを私は後で知ったのですが、それは大切なことだと思います。この体験を経験して『自分の命は自分で守る』ことの大切さをすごく感じました」

人々の命を守るため、あの日、「使命感」で職務にあたった人たちが大勢いました。その一方で、「自分たちの仕事を全うできなかった」という人たちもいたのです。