小谷野拓夢監督
「君たちに最後の言葉を贈ります。ピッチで味わった悔しさはピッチで取り戻すしかできない。強く、清らかに、サッカーに向き合い続けてくれることを祈ります。本当にありがとう。」

「(退任の理由は?)3年間監督をやらせてもらって、自分の見える景色が良くなって新しい挑戦をしてみたいというのが1番。(福山が)サッカーの街になってくれたら嬉しいですし、その基礎が3年間で作ることができた。発展した時に一緒に戦うときもできたら幸せ、それが実現ができるレベルまで自分が(成長して)そのレベルでいたい」


Q試合で履いた福山デニムは何本?

「3年間で1本です(笑)だいぶ膝も白くなってきました」

Q名前の由来は?

「夢を拓くでひろむと読みます。(イマは)大きい夢ですけど、日本サッカー界をよりよくしていきたい。そこに向けて一歩ずつ道を拓けたらな」

【取材後記】
インタビューをした2021年に語っていた「30代でJクラブの監督に…」という目標から小谷野氏の目標はさらに早まり「20代でS級ライセンスを取得」となりました。その目標のためには2023年にはA級ライセンスを取得できる環境下に身を置きたいとなったようです。
福山シティはJFL昇格とはなりませんでしたが、オフに2人の選手がJクラブからのオファーを受け移籍。指導力の高さ、育成面も評価された証です。
福山シティの関係者に話を聞くと「後任を探す中で、全国を見ても20代で同じような監督は見当たらない」と言います。
異例のキャリアを福山で経験した小谷野拓夢さん。クリスマスイブに25歳を迎える彼がどんなステージで活躍するのか注目です。そして日本サッカー界の環境に新たな風を吹き込み、世界一へ貢献してくれることを期待しています。