ロシアによるウクライナへの軍事侵攻は終息の見通しが経たない中、4年が経ちました。ウクライナから避難し仙台で生活している女性は、今も攻撃が日常的に続いている現状を語り、「ウクライナのことを忘れないで」と呼びかけています。

クラヴェツ・マリヤさん:「よろしくお願いします」

東北大学で日本文学を研究しているクラヴェツ・マリヤさん(37)です。2022年2月、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻が始まった後、日本に避難し仙台で生活を続けています。

クラヴェツ・マリヤさん:
「戦争が始まった時は、攻撃の時ロッカーとかバスルームで体を隠していた時は、他の人になぜ殺されることになるのかと考えました」

ウクライナの大学で講師として日本語を教えていたクラヴェツさん。2025年7月、1か月間、ウクライナに帰り家族や友人と久しぶりに再会できましたが、母国では、危険と隣り合わせの状況が続いていました。

クラヴェツ・マリヤさん:
「私が泊まっていたところから歩いて15分くらいの距離で、病院も攻撃があったので。みんなは戦争の現実に慣れてきちゃって夜は地下に降りて過ごすけれど、朝起きてできるだけ積極的に、毎日を生き続けています」

空襲のサイレンが毎日のように鳴る生活が続いているといいます。

クラヴェツ・マリヤさん:
「何か良いことがあった日もありますが、絶望の日も少なくないですから。ウクライナには全然安全な場所は、100%安全な場所はないので」

ロシアによる軍事侵攻が始まって24日で4年。終息の兆しが見えない中、クラヴェツさんは「ウクライナのことを忘れないでほしい」と呼びかけます。

クラヴェツ・マリヤさん:
「できるだけウクライナの勝ちと長い平和の状態がほしい。ウクライナでも戦争がまだまだ終わっていないので、できるだけウクライナのことを忘れないでください」

クラヴェツさんによりますと、冬のウクライナは、気温がマイナス20度まで下がることもあるそうですが、発電所が攻撃されているため暖房が使えず、過酷な環境が続いているといいます。ウクライナへは飛行機でいけないため、2025年帰国した際は、ポーランドまで飛行機で行った後、バスと列車を乗り継ぎ3日間かけてようやく戻ることができたということです。