今月5日、宮崎市の大淀川で発見された不発弾は、17日、処理が完了しました。
およそ1700人を対象に避難指示が出されるなど市民生活にも影響した、不発弾処理、当日の動きをドキュメントで振り返ります。

今月5日、宮崎市役所近くの大淀川で発見された大きな鉄の塊。

(廣末圭治記者)
「現在、午後10時30分です。不発弾のようなものが、ショベルカーで今持ち上げられて、移動されています」

自衛隊が確認したところ太平洋戦争中に使用されたアメリカ製の250キロ爆弾と判明しました。

そして、17日。

(避難呼びかけ)
「避難区域の皆さんは午前11時までに指定区域外へ避難してください」

処理作業当日。
宮崎市は周辺で交通規制を行ったほか、現場からおおむね半径400メートル以内に避難指示を発令。
対象はおよそ1700人に及びました。

(武澤直穂記者)
「不発弾の処理開始のおよそ1時間半前です。こちらのグループホームでは、次々と避難が進められています」

現場からおよそ100メートルのところにある介護施設では、朝から利用者を避難させる作業に追われました。

16人の利用者を2か所の福祉施設に避難。
利用者を受け入れた福祉施設では、日中、使用していない部屋を貸し出しました。

(三浦功将記者)
「まもなく午前10時を迎えます。近隣に住む住民が次々と避難行動に入り始めました」

避難の対象となった市民たちは、続々と警戒区域の外へ移動しました。

(避難中の人)
「空港で爆発したのが頭にあって、(近所は)みんな逃げていないらしい」
「どこに逃げようかと2人で相談して、結局はカラオケが一番安全じゃないかと。寒くもないし」
「早く処理作業が終わって部屋に戻りたい」

午前11時。不発弾の信管をはずす作業を開始。
自衛隊の不発弾処理班による作業は、土のうを積んだ防護壁の中で行われました。

宮崎小学校など3か所の避難所が設けられ、最も多いときで27世帯30人が避難しました。

(避難した人)
「念のために。そこまで不安はないが」
「怖くて、不安でいるよりはこちらに伺っていたがいいと思って来た」
「大丈夫だろうが、(子どもに)避難所経験もさせていたがいいかなと思って」

そして…

(陸上自衛隊)「弾底信管の離脱が確認されました(拍手)」

午後0時50分。
不発弾の上下に取り付けられた2つの信管が取り除かれ、処理作業が終了しました。

(武澤直穂記者)
「今、信管が取り除かれた不発弾が防護壁から出されました」

大きなトラブルもなく避難指示や交通規制もすべて解除されました。

(陸上自衛隊西部方面後方支援隊第104不発弾処理隊 遠矢博史隊長)
「1月5日に発見されて、非常に短い期間だったが、うちの隊員もしっかり準備をしてスムーズに安全化ができて非常に安心している」

住民生活に影響を与えた不発弾。無事に平穏な日常が戻りました。

自衛隊によりますと1994年以降、県内では今回を含め、9発の不発弾が見つかっているということです。

もし、不発弾のようなものを発見したら触らずに警察へ通報してほしいということでした。

※MRTテレビ「Check!」1月19日(月)放送分