「表現の筋肉が違う」「表現したい筋肉を動かすんです」

桜木: ヒコロヒーさんは、もともと小説を書きたいと思っていた方なんですか。

ヒコロヒー: いえ、そういうわけではなかったんです。今回の本は、芸人としてまだ芽が出ていない貧乏だった頃に、朝日新聞のウェブマガジンの方からお話をいただいて。お金もなかったので、お仕事は何でもやらせていただきます、という気持ちで引き受けさせていただいたのが始まりです。毎月迫る締め切りに追われながら、4年間粛々と続けていたものが、こうして1冊の本になりました。なので、プロの文筆家の方のような「これを書きたいんだ」という初期衝動はなかったですね。

桜木: なるほど。では、テレビやラジオ、エッセイに小説と、様々な表現をされていますが、どこに軸足があるのでしょう。

ヒコロヒー: そうですね……。先日、オードリーの若林さんとお話ししていたのですが、テレビだと瞬発力が求められます。でも活字となると、じっくり書いて何度も書き直すことができる。どちらが良い悪いではなく、表現の仕方が全く違うんですよね。

桜木: 表現の筋肉が違う、ということですね。

ヒコロヒー: はい。もう、首と足くらい部位が違う感覚です。何かを表現したいと思った時に、その時に一番適した筋肉を動かす、という感じかもしれません。

桜木: 今回の『黙って喋って』は、恋愛文学というところに特化した賞です。このテーマについては、どうお考えでしたか。

ヒコロヒー: 人を好きになること、そこから生まれる「惚れた腫れた」は、落語や和歌の世界でもずっと普遍的に面白いとされてきたことですよね。素敵な側面やロマンチックな側面もありつつ、はたから見たら滑稽だったり、ちょっと笑える部分があるなと。その「笑えるな」という部分を忘れたくない、という思いがありました。