区の職員が訪問 SOSを発することもできたが「助けを言えない状況だった」

 母親は第三者への通報ができないかと考えたこともありました。しかし大地被告から「誰かに言えば家族の誰かが死ぬと思え」と言われていたといいます。修ちゃんが通っていた保育園が修ちゃんにあざを確認、その後、子ども家庭支援員が家庭訪問をした際の様子を、母親は次のように法廷で証言しました。

(検察官)「修ちゃんの担任の先生があざを確認して子ども家庭支援員の対応があった。あなたが対応した?」
(母親)「はい。大地もいました」
(検察官)「あなたはあざは知らなかったと言いましたね?」
(母親) 「大地に邪魔をされました」
(検察官)「どのように?」
(母親)「腕をつかんで余計なことを言うなと言われました。余計なことを言えば修がどんな目にあうか覚えておけと言われたからです。助けを言おうとすると邪魔されて言えない状況に」
(検察官)「『(あざは)修ちゃんが転んでできました』と言いましたね?」
(母親)「大地にそういえと言われました」
(検察官)「(転んでできたのは)本当のこと?」
(母親)「嘘です。嘘を言ってしまったことは今でも反省しています」
(検察官)「助けを言えば良かったのでは?」
(母親)「勇気をふり絞って言えば良かったと今でも後悔しています」
(検察官)「修ちゃんは自分で怖いよ、と声を上げたのにあなたはできなかったんですか?」
(母親)「当時の自分は暴力を振るわれていた記憶と重なっていたからだと思います」

 質問が終わる際、検察官は母親に対して、「修ちゃんが亡くなった一連の暴力で、修ちゃんが一番助けてほしかったのはあなたです。親としてどうなのか考えてください」と述べました。