「悪い評判」と投資判断のトレードオフ

野村:元社長に関しては、以前からパワハラ報道などのネガティブな評判もあったようですが、それでも多くの投資家が資金を投じていました。これはなぜなのでしょうか。

村上:ここがVC投資の難しいところです。経営者が常に聖人とは限りません。多少強引でも突破力がある、あるいはビジネスモデルが魅力的であるといった場合、「人物面にリスクはあるが、事業価値を生むかもしれない」というトレードオフの中で判断せざるを得ないのが実態です。

野村:多少のリスクがあっても、成長の可能性を取るということですね。

村上:さらに今回のケースで特徴的だったのは、初期に信用の高い大手VCが投資をしたことで、その後の「信用の積み重ね」が起きた点です。「あのVCが出資している」「賞を取った」といった事実が積み重なることで、当初のリスクが見えにくくなり、後から入る投資家ほど本質的なリスクに気づきにくくなる構造がありました。

初期投資家がすべてのリスクを見抜くべきだという議論もありますが、彼らもまたトレードオフの中でリスクテイクをしているため、そこだけに期待するのは限界があるでしょう。

「乗りかかった船」から降りられないVCガバナンスの限界

野村:ガバナンスの観点からはどうでしょうか。社外取締役や投資家は不正に気づけなかったのでしょうか。

村上:虚偽の説明を受けていたため気づけなかった、というのが基本的な整理ですが、私はより根本的な「VCガバナンスの限界」を感じています。

上場株であれば「失敗した」と思えば売ることができますが、スタートアップ投資は一度投資したら原則として降りられません。「乗りかかった船」として一心同体になり、会社を応援することが合理的なスタンスになります。

野村:確かに、途中で抜けるのは難しいですね。

村上:そうなると、投資家としては「会社がうまくいっている」というポジティブな情報を信じたくなるインセンティブが働きます。逆に「売上がおかしい」といったネガティブな疑念を持って深掘りすることは、自己否定にも繋がりかねません。

悪い情報に対しては調査しても、例え虚偽の売上などとして良い情報と捉えられるものに対しては「うまくいって良かった」と目を瞑ってしまいがちになる。これが「乗りかかった船」であるがゆえの弱点であり、今回はそこを突かれてしまったのだと思います。