自由に弾くピアノを教えてくれた先生 作曲を始めた小学生の頃

木村イオリさん
「YAMAHAのピアノ教室に通わせていただきました。先生は『観ている人を楽しませるような演奏をしましょう』というような教えで、小学生だけどジャズの曲をやらせてもらったりしました。クラシックのピアノ教室ではあったものの、それに留まらず幅広い音楽ジャンルや、いろいろな表現の可能性などを教わったと思っています」
しかし、中学ではサッカーに夢中になっていたことや、東京芸術大学を目指すためにしていた作曲の勉強に挫折したことで、音楽とは距離を置いていた。


木村イオリさん
「東京芸術大に行く人は、中学生頃から対策で勉強などをやると思うんですが、自分にとっては勉強の内容が難しすぎて、面白みを感じるに至る前に勉強するのが嫌で辞めてしまいました」
高校時代は吹奏楽部とバンド活動。バンドではドラムを担当した。

ピアノと離れていた木村さんだったが、横浜国立大学へ進学し、モダンジャズ研究会に入り再びピアノを弾くようになる。
木村イオリさん
「大学のジャズ研究会の部室によく来ていた慶応義塾大学の人だったんですけれども、部室を勝手に使ってスタジオ代わりにして練習してたんです。そのピアノが凄まじすぎて、その人に直々に、弟子入りさせてくれと頼みました」

故郷を大事にしている木村さん。青森をテーマにした曲も多い。
木村イオリさん
「夏泊半島をイメージした『Natsudomari』という曲とか、冬の青森の夜空をイメージした『Lavender Night Sky』という曲とか。青森の冬の夜空って黒じゃなくて、雪が反射して薄紫じゃないですか。何かしらのストーリーとかイメージとかを込めて曲にすることが多いです」
一度就職し、3年後に有名な音楽学校へ行く予定だった。しかし、

今の仲間に出会い、バンドで活動を始める。














