戦後80年プロジェクト「つなぐ、つながる」です。今回、お伝えするのは家族を守るよう父親に託された当時16歳だった少女の沖縄戦体験です。
数え年97歳を祝う沖縄の行事「カジマヤー」を迎えた山城スミさん(96)。
山城さんの長寿にあやかろうと、家族のほか、地域の住民150人以上が集まりました。
山城スミさん
「(Q.長生きの秘訣は?)食べ物です」
そう答えた背景には、食べることさえ難しかった戦争体験がありました。
1945年3月、アメリカ軍の攻撃がはじまると、山城さんは家族で掘った屋敷壕に避難。6月になると爆撃は日ごとに激しさを増し、15日、故郷の糸満市はアメリカ軍に占領されました。
山城スミさん
「空襲や弾から逃げた。音を聞くとわかる。(弾が)近いか遠いか」
当時、4人きょうだいの1番上・長女だった山城さん。徴兵され戦場に向かう父からは、家族を守るよう言われていました。
山城スミさん
「お父さんもいないから“ちゅーばー(強い人)”と私に付いてくる。だから壕では『あびらんどー(しゃべるなよ)』ときょうだいに伝えていた」
攻撃が止まった夜、祖母と母の3人で食料調達にも出ていた山城さん。“捕まると女性は強姦される”、そう教えられていた山城さんは、爆撃だけでなく、アメリカ兵に乱暴される恐怖にも脅えていました。
山城スミさん
「若い子は大変だと話を聞いて、擬装して頭や顔に泥を塗り、黒くして外へ行った」
山城さん家族は各地を転々とし、その後、アメリカ軍の捕虜になりました。
娘・啓子さん
「思い出すと悲しくなるよね、戦争はね」
山城スミさん
「1番は平和。平和でみんな一緒がいい」
沖縄戦から80年、家族を守り抜いた少女は、子どもたちに囲まれ笑顔で生きています。あの日願った「当たり前の幸せ」を今、噛みしめています。
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