電話で夫人から聞いて「えっ」と思わず大きな声が出た。「そうでしたか・・・。それは残念です。お悔やみ申し上げます」。それ以上、何も言えずに電話を切った。しばらく茫然としていた。いじめ研究の泰斗・森田洋司が亡くなったことを私が知ったのは、2020年の2月だった。

森田洋司(1941-2019) 写真提供:鳴門教育大学

森田洋司は、1941年愛知県名古屋市に生まれ、1970年 大阪市立大学大学院博士課程を終えると、愛知県立大学や大阪市立大学、大阪樟蔭女子大学などで教育と研究に貢献した。
1980年代からいじめ問題にいち早く注目し、日本のいじめ研究といじめ防止に向けた実践を、2019年の大晦日、78歳で亡くなるまで牽引してきた。

いじめを集団構造として捉えた「いじめの四層構造モデル」は世界の研究者の間でも有名になった。そのため森田の死は、国際研究誌「International Journal of Bullying Prevention」でも、日本人研究者の執筆によって、その歩みと共に詳しく報じられている。

「四層構造」については、いずれ改めて詳しく紹介するが、いじめ防止のためには観衆層や傍観者層が変わることが重要だと明らかにしたもので、今ではいじめ防止の基本理念となっている。

いじめ集団の四層構造理論モデル

森田は国のいじめ防止に向けた様々な施策の推進に携わってきた。日本生徒指導学会の会長も2003年から務め、2014年からは文部科学省「いじめ防止対策協議会」の座長を務めていた。

■「BP(Bullying Prevention=いじめ防止)プロジェクト」

森田が最後に所属した大学は、2014年から特任教授を務めた国立大学法人・鳴門教育大学だった。鳴門教育大学を含むいじめ問題に関して特色ある取り組みを行っている全国4教育大学(他にいずれも国立大学法人の宮城教育大学・上越教育大学・福岡教育大学)は2015年、「BP(Bullying Prevention=いじめ防止)プロジェクト」を立ち上げ、そのスタートに合わせて森田が中心メンバーとして参加を依頼されたのだった。

BPプロジェクト発足式(森田は左端) 写真提供:鳴門教育大学
BPプロジェクトでは、毎年のように年度末に東京で公開シンポジウムを開催していた。2018年2月、私は小さなデジタルカメラを持参し、森田の講演をほぼ全て収録した。森田の講演を聞いたのは初めてだったが、ユーモアを備えたその力強さに圧倒されて引き込まれ、カメラのストップボタンを途中で押せなかった。

2018年2月 森田洋司(鳴門教育大学特任教授) 写真提供:鳴門教育大学


■幻となったインタビュー

実は、この講演に合わせて奈良県の自宅から上京する森田に、私はインタビュー取材を依頼していた。しかし「時間の都合がつかない」と大学側から断られてしまった。事前に質問だけは森田本人に渡っていたようで、会場で森田に「またの機会に是非、インタビューをお願いします」と挨拶した際、「質問を読んだよ。君はよく勉強しているね」と言われたのが、直接言葉を交わす最後になってしまった。教育者だから子どものような年齢の私まで励ましてくれたのだろう。用意していた質問は、森田にこれまでの国のいじめ防止対策の問題点を根本から問うものだった。

いじめによる悲劇が続き、止まらないでいる理由を、国のいじめ防止対策の旗振り役である森田にたっぷり時間をとってもらって聞きたかった。森田は次の年も東京で講演したが、今度は私の都合がどうしてもつかなかった。

2020年2月、「さあ改めてインタビューを申し込もう」と、もらった名刺にあった森田の自宅の番号に電話したところ、夫人から「大晦日に亡くなった」と聞いたのだった。新聞を検索すると、1月7日の追悼欄で160字ほどの小さな記事が出ていた。私はそれを見逃していた。大きなショックを受け、言葉を失った。


■「僕がやらなきゃ・・・」

森田は、最晩年まで講演や会議を精力的にこなしていた。去年(2019年)の11月、仕事で移動中に倒れて骨折し、入院中に感染症を患い、大晦日に亡くなった。

弘子夫人は「とにかく忙しくしていました。もう高齢だし、仕事もできるだけセーブしようと私は働きかけていました。森田はどんな講演でも、しっかり準備して、とにかく仕事にまじめでした。僕がやらなきゃ・・・という意識が強かったようです」と振り返る。

長男で北九州市立大学(国際環境工学部・環境生命工学科)の森田洋(ひろし)教授は、「分野は違えど研究者として活躍した父の背中を追ってきた。忘れられないのは最期の1カ月、入院中の病院でも仕事をしていたこと。仕事関係の方々が病室に来て話し込んでいた。しんどかったはずの亡くなる前日にも『ああ、今日も無駄な一日を過ごしたなぁ』と言ったのには本当に驚いた。まだ仕事をする気なのか!と」。

長男・森田洋(北九州市立大学教授) 大学HPより


多忙だった森田は、一般向けの著書としては、『いじめとは何か―教室の問題、社会の問題』(中公新書・2010)が最後になってしまった。その後の10年間、森田は何を考え、何を訴えようとしてきたのか。

今月(2020年)9月3日に公表されたユニセフ(国際児童基金)の「子どもの幸福度調査」では、日本の子どもたちは「身体的健康」では先進・新興国38か国でトップだったが、生活満足度と自殺率から換算した「精神的幸福度」では37位と最低レベルだった。ユニセフは「家族からのサポートが少ない子どもたち、いじめに遭っている子どもたちは、あきらかに、精神的健康がより低い結果になった」と指摘している。

森田は空の上で悔しがっているに違いない。「だから俺にはもっとやることがあったんだ!」と。

【いじめ予防100のアイデア】第3回「いじめの増加と一般化」