「遺骨の代わりに形あるものが帰ってきた」


日章旗の存在に気づいたのは、孫のクリスさんでした。日章旗など遺留品の返還に取り組むアメリカのNPO「OBONソサエティ」に連絡を取り、憲登さんの遺族とコンタクトがとれたのです。

明鎮俊成さん
「(初めて連絡が来たときは)びっくりした」

激戦地・ペリリュー島で戦死した憲登さんは、遺骨すら日本に帰ることはありませんでした。

明鎮俊成さん「遺骨の代わりに形あるものが帰ってきた」


年の離れた妹の系子さんは、国を離れて戦地に向かった兄の記憶はほとんどないそうです。

広田系子さん
「6歳の時です、わたしが。一日、帰ってきたことがあるんです。あれだけ覚えている」

― 77年ぶりにお兄さんの遺品が帰ってきましたが、お兄さんは帰ってきたかったと思いますか?
「ええ、そう思います」


リチャードジョンソンさん
「遺族に日章旗を返還することができて幸せです。日章旗は御霊の象徴だとも聞きました。故郷に返すことができて感激しています」


「OBONソサエティ」によりますと、これまでに日本兵の遺族などに返還できた日章旗はおよそ500枚…。団体は、今も故郷への帰還を待つ日章旗およそ2400枚を保管しているということです。