戦後80年プロジェクト「つなぐ、つながる」です。詩を通して原爆の非人道性を訴えた被爆者・福田須磨子さん。福田さんの人生や訴えをテレビカメラはどう伝えたのか。撮影したカメラマンの孫、長崎・NBCの久富美海アナウンサーが取材しました。
「もがきにも似た、生活記録である」
福田須磨子さん(享年52)。原爆への怒りを綴った「われなお生きてあり」などで知られる被爆詩人です。
福田さんは23歳の時、爆心地から1.8キロの勤務先で被爆。原爆後遺症に苦しみながら、詩を通して反原爆を訴え、52歳で亡くなりました。
福田さんを撮影したNBCの元カメラマン・浜辺成弘さん(87)。私の祖父です。
元NBCカメラマン 浜辺成弘さん
「強烈な生き方をする人。反原爆ということを念頭に置いて生きる人」
撮影時期は、福田さんが亡くなるおよそ1年前。反核運動の先頭に立っていた頃の印象から一変、腰は大きく曲がり、目もほとんど見えない状態でした。
元NBCカメラマン 浜辺成弘さん
「『君は私をどういうふうに撮ろうと思ったの』。こういう反原爆の闘いだったと残すためのドキュメンタリーだと言おうと思った。言えなかった」
アパートで10日間、寝食を共にしながら取材することに。それは福田さんの提案でした。
元NBCカメラマン 浜辺成弘さん
「(福田さんの日常に)少しでも近づこうと思う(近づける)状況を福田須磨子自身で作ってくれたんじゃないか。自分が言いたいことを世に残したいということが必死にあったんじゃないか」
ありのままの姿をカメラの前にさらす被爆者と、その覚悟をフィルムに焼き付けるカメラマン。
福田須磨子さん
「炊事場にかけている鏡も、それから手鏡でも、何でもかんでも外に持ち出してね、叩きつけて、みんな割ってしまった。情けないな思いました」
長く続く苦しみとは裏腹に、記憶は風化していきます。
あるとき、福田さんは祈念像の前で写真を撮る観光客の前をゆっくり横切りました。
元NBCカメラマン 浜辺成弘さん
「そこにいるのが被爆者だということを観光客の人は誰一人としてわからなかった。福田須磨子という被爆者が忘れられた一面。福田さんの闘いは、続いているんじゃないか。我々が少しでもいいから、引き継いでいってあげないといけない」
向き合い、寄り添うことで記録された被爆者の生き方と思い。戦後80年が経ったこれからも、私たちは被爆地・長崎の声を伝え続けます。
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