石破総理の衆議院初当選は1986年、29歳の時。
全国最年少の青年代議士は当時の鳥取全県区でギリギリ4位で当選しました。
その後当選を重ね、政治改革に情熱を燃やすあまり、党内から自民党に反旗を翻し、無所属で選挙を戦ったことも、自民党を離党したこともありました。

復党後は閣僚として防衛庁長官、農林水産大臣、自民党役員として幹事長などを歴任します。

総裁選への初挑戦は2008年。総裁には手が届かずに終わった過去4回の挑戦を経て、去年が5回目の挑戦でした。

決戦の日は去年9月27日。

「石破君189票」

石破さんが奇跡的な大逆転で当選、38年間石破さんを支えてきた地元鳥取は熱狂の渦に包まれました。

そして10月1日、内閣総理大臣指名。
鳥取県から初の総理大臣が誕生しました。

しかし直後に衆議院を解散して打って出た衆議院選挙で苦杯を喫し、衆議院で少数与党に追い込まれます。

更に今年7月の参議院選挙。

ここでも歴史的大敗、衆参両院で与党が過半数を割り込み、厳しい政権運営を迫られ、石破総理の責任を問う声も強くなっていました。