ハンセン病療養所の人たちの詩と向かい合うことで、励ましながらも自ら励ましてもらったのではないか

長島愛生園

(沢知恵さん)
「私は永瀬清子の選評を読んで、私自身が励まされているような、そんな気持ちになりました。

永瀬清子がこうしてハンセン病療養所の詩の選をしたのは、40代から50代にかけて、ちょうどいまの私ぐらいの年齢です。

詩人としては円熟期を迎えながら、プライベートでは色々大変なことが重なったようです。自筆年譜の1956年のところに、こう書いてあります。

『この時から数年はどのように暮らしたかはっきりしない』

そういう時期ってありますよね。私にもありました。しまいには永瀬清子は体調を崩し、血圧が上がってしまいました。

そんな時期に、永瀬はハンセン病療養所の人たちの詩と向かい合うことで、励ましながらも自ら励ましてもらった。そんな気がします。

療養所の人々の日々の孤独や苦悩を自分のものと重ね合わせながら、詩の選を行ったのではないか。そうじゃなかったら、あんな容赦のない批評は書けないと思うんです。

上手に書けましたね、また次も頑張ってください、ではなく、ともに担う覚悟がないとできません。

おひとりおひとりを表現者として受け止め、敬意を表した永瀬清子のその誠実さに、私は心を打たれました。

同時に、それは自分が投げかけた言葉は、きっと自分にも返ってくるということを誰よりもわかっているからできたことだと思います。
人に厳しい人は自分にも厳しい。永瀬清子はそうだったと思います。

選評を読みながら、私は永瀬清子の短章を思い出しました。

短章は、詩と散文の中間のような独自のスタイルで発表したものです。
谷川俊太郎や茨木のり子は、永瀬清子の短章を高く評価しています。
短章には、詩とは何か、よい詩とはどういう詩なのか、詩人とはどうあるべきか、よく生きるとはどういうことか、という永瀬清子の思想があらわれています。

いつか天国で永瀬さんにお会いできたら、おたずねしたいです。
『ハンセン病療養所の人たちの詩の選をすることが永瀬さんに与えた影響は、大きかったことでしょう』と」

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