長島に通い始めた頃の作品「貴方がたの島へ」
(沢知恵さん)
「2023年に出版された岩波文庫『永瀬清子詩集』は、谷川俊太郎さんによる選ですけれども、これから読む『貴方がたの島へ』という詩は、そこには入っていません。
永瀬清子が長島にかかわり始めたころに書いた詩です。
機関誌『愛生』1951年10月号に掲載されました。
貴方がたの島へ
貴方がたの島へ
私は何かを受けとりにゆくのです
いつも人々からの愛を受けとつて
精神(こころ)は着ぶくれてゐる貴方がたから
私は何かをうばひにゆくのです
さあ私に何かを下さい、病める人々よ。
私はいたゞきに来ました。
この島へ来る人々は
いつも愛の言葉を置いてゆく。
私の愛はごくお粗末、
それでゐて私は貪欲に
貴方がたからいたゞきたいのです。
なぜなら私は施こしを恵むだけではあき足りない。私に喜びを下さい。
血泥の病気をいたましく思つたり、
呻きや涙をあはれんだりするだけではまだ足りない。
私は同情しにゆくだけではいやです。
私に見せて下さい、立派なお友達であるあかしを。
貴方がたは何を私に贈(く)れやうと心配なさる。
肉体の病気の中にくじけぬ人間、
ありとあらゆる苦しみの涙と膿汁の中の助け合ひ、
昼夜なき痛みや不自由の中の雄々しいいのち
さうしたものを見出して私はふるひ立つのです。
願くば私を喜ばせ勇気を下さい。
それを下さつてこそ貴方がたは私の友達。
くじけずひるまず暮す人々を見ることこそ私の喜び。
さあ私に沢山のものを贈つて下さい。
いかがでしょう。激しいと思いませんか。
『何かを受けとりにゆく』まではいいとして、『何かをうばひにゆく』って、永瀬さんはいったい何を奪いに行ったんでしょうか。
私もハンセン病療養所に長く通って、皆さんからたくさんのものを受け取ってきました。
いや、受け取ったというより、ときに奪ってきたのかもしれない。そうするつもりはなくとも。
この詩を読みながら、そんなことを思いました。
2014年、私は長く暮らした千葉県から岡山県に引っ越しました。
幼い頃からかかわっている大島青松園の近くに行きたいという思いからです。
高齢化で人が減っていく。その終わりゆく大島青松園の皆さんの近くに行きたいと思い、思い切っての引っ越しでした。
岡山に来てからは、長島愛生園と邑久光明園にも通うようになりました」














