NBCでは被爆80年の取り組みの一つとして今月24日、講談の舞台を開きました。

新作講談「被爆太郎の物語」は、被爆者の声の記録に人生を捧げた元NBCの記者でジャーナリストの伊藤明彦さんの著書『未来からの遺言』を原作とし、伊藤さんが記録した被爆者 千人以上の声の一人、《ある男性》をめぐる不思議な物語です。

被爆体験の継承が課題となる中、講談師の神田伊織さん(43)は、個人を超えて集合的な記憶となった「被爆太郎」の物語を、次世代へ語り継ぐ新たな試みとして高座にかけました。
※この記事には、講談の核心となる部分が含まれています。

神田伊織(高座)
「僕はそのとき5年生でした。顔中にガラスの破片が突き刺さってる人とか、首のない赤ん坊をおんぶしている女の人とか…こんなことをね!…こんなことをいくらあげたってねぇ、本当にあったことの千分の1にも万分の1にもならんのですよ。…たすけてーって叫んでる声は一生忘れられませんですね。」

伊藤さんが最も心を動かされたのが、被爆しながらも寝たきりとなった吉野さんの世話をしてくれた姉との記憶でした。
神田伊織(高座)
「お姉さんにはたくさんの思い出があるでしょうね?」
「そらぁもう伊藤さん、語りつくせないですよ。姉さんはね、入院して半年ぐらい経ったときですけど、病院で出る麦のお粥に、大豆かすと芋が入ってるんです。僕はそれが嫌いで…『こんなもの食べられない、米買ってこい』って。姉さんは田舎の方に行って、お米を買って来てくれました。自分で編んだセーターなんかと交換してね。僕に米を炊いて食べさせてくれました。当時は銀めしって言ってましたけどねえ。僕に銀めしを食べさせて、そのかわりに姉さんは…姉さんは芋食ってるんですよ。ぼくはそれ見たとき、『ああ、いけないことしたなあ』と思ってねえ。

5月になって、姉さんの顔がどす黒く変わりました。ね、姉さん、僕の名前を呼んでるんです。『姉さん、僕ここにいるよ。そばにいるよ』って言いました。だけど…だけど僕ぁ担架から起きることもできませんですからね。こうやって…ただ手を伸ばして、なんとかして、姉さんの手を握ろうとして…でも届かなくて……そしたら、そしたら…一瞬姉さんの手に触れたんです。その手が冷たくてねぇ。びっくりしたですね」
張り扇「被爆太郎の誕生」
神田伊織(高座)「吉野さんの証言はこの辺りで終わりました。」

5年後、伊藤さんは被爆者団体の資料で吉野さんの名前を見つけ、家族構成も被爆体験も全く異なっていることを知ります。調べるときょうだいは兄が一人だけ。姉はいませんでした。証言は嘘。伊藤さんはやがてこう考え始めます。

神田伊織(高座)「病院のベッドで、寝たきりの毎日を送る被爆者たちが、他に何をすることもできず、ただ憑りつかれたかのように《8月9日の出来事》をひたすら語り合う。それはいつしか共通の体験となり、自分の体験と他人の体験の境界が曖昧になってくる。
複数の人間の体験が、1人の人間の体験に凝縮し、次第、次第に1個の被爆太郎の物語が作り上げられてゆく。」

講談のあと伊藤さんゆかりの人々によるトークセッションが行われ、伊藤さんの人柄や功績、そして被爆太郎について紐解いていきました。

講談師 神田伊織さん「個人の体験を超えた民話っていうものによって、歴史が語り継がれるっていうその発想は講談そのものだなと思って。背中を後押しされてるような印象を受けましたね。」

NBC元記者 関口達夫さん「被爆はしてなくても多くの被爆者の話を聞いて、そのことに感銘を受け、原爆ってなんて、こんなにひどいんだと。それを生み出した戦争って何でひどいんだっていうことをを心に刻むとですね、そのメッセージを伝えられる。」

芥川賞作家で長崎原爆資料館元館長 青来有一さん「証言から語りへっていう時代のちょうど相中にいて、ちょうどその核心になる人物がこの被爆太郎という、ある意味フィクション。フィクションだけど、単なる事実を語る以上に深く人の心を揺さぶる力がある。」

伊藤明彦さんの著書の復刊を手がける編集者 西浩孝さん「(伊藤さんは手紙に)原子爆弾の投下、被ばくっていうのは、“人類史上”っていう冠に値するだろうって(書いている)。日本の民話である以上に、世界の民話であって、さらに言うと“人類の民話”じゃないかと…」

神田伊織(高座)「みーんなこんな格好してね。ぞろぞろぞろぞろ」

講談を聞いた来場者:
「事実じゃなくてもですね、やっぱり一つの人物像の中に全てを取り込んでいるということで、やっぱり、それなりの一つの説得力(がある)」

「フィクションのようでフィクションじゃなくて、ただ本当にいろんな人が語り尽くせないような体験の凝縮なんだっていうのを聞いたときに、やっぱりそれはもう…民話としか言いようがないっていうか」

高校生「(被爆太郎は)桃太郎とか金太郎とかもかけられてますよね?名前…」
「なんだ、そういう意味があったんだって。多分物語だったら、なんか若者も触れやすいから伝えていくことができると思う。」

神田伊織(高座)「助けてくださーい。助けてくださーい」「みずーーお水をくださーい」「いたーい、痛い」「早く殺してくれー」「お母さーん」「死んだら死んだでね、誰も姉さんのことを覚えている人はいないんです」(拍手)

「被爆太郎の物語」は「体験していない者」がいかに被爆体験を受け継いでいくか──その意味を私たちに考えさせてくれました。














