有識者会議が出した画期的な「経営者向け」ガイダンス
性的広告については、様々な動きが出ている。ネット広告に携わる代理店やメディアなどの業界団体である日本インタラクティブ広告協会は5月14日に「性的表現を含む広告の掲載・配信に関する注意喚起」を公開し、業界内に警鐘を鳴らした。
また市民団体「性的な広告のゾーニングを目指す会」は10万筆の署名を集め、6月4日にこども家庭庁に提出した。この団体は、ごく普通の母親が呼びかけて広まったもので、市民活動の好例となった。
そして行政も動いていた。2023年11月から総務省の有識者会議でネットにおける情報健全性の課題を洗い出す会議が始まり、2024年9月に終了。それを受ける形で10月から各課題への対処を検討する会議がスタートした。その中の「デジタル広告ワーキンググループ」で議論を重ねた成果が「デジタル広告の適正かつ効果的な配信に向けた広告主等向けガイダンス」として今年6月9日に公開された。
広告主にとってのネット広告のリスクはこれまでも指摘されていた。ただそれは、直接広告配信を担当する部署に、ブランドセーフティや、アドフラウドについて警鐘を鳴らすものだった。
ネット広告はどこに表示されるか確認が難しい。ヘイトスピーチや暴力を促すような反社会的なコンテンツに広告が表示されると、広告主のブランド価値が損なわれるためそのリスクを考慮すべき、というのが「ブランドセーフティ」の概念だ。
また、実際に人間に対して表示されていないのにボットによって架空の表示やクリックをカウントさせ、広告費を過大に請求する悪質行為を「アドフラウド(広告詐欺)」と呼ぶ。これらは2010年代後半から企業の広告担当者の間ではすでに問題として取り沙汰されていた。
今回のガイダンスが画期的なのは、ネット広告についてのリスクを経営者に投げかけていることだ。目次の3番目には「経営層が対策に関与することの必要性について」と書かれ、「広告主の社会的責任の重要性」が謳われている。おかしなネット広告を配信していると、コンプライアンス上のリスクにもなりうると呼びかけているのだ。
それはつまり、最初に述べたようにフジテレビの広告出稿にコンプライアンス上の問題があるからとCMを撤退したのと同じ理屈だ。ネット広告にも今や、スキャンダルが浮上した今年1月のフジテレビと同様のリスクがあると訴えているも同然なのだ。
さらには「現場担当者のみでリスクを防止することの限界」の項目もあり、取締役レベルが経営問題として取り組まないと解決できないと示唆されている。フジテレビのCM撤退も、聞くところでは広告担当部門ではなく経営層からの指示があった企業が多いようだ。担当部門からすると与えられた目標を達成するために広告を止める判断はしにくい。会社として対処しないわけにはいかない問題だと強調している。
ネット広告の問題を根本的に解決するためにまとめられたこのガイダンスの決意が、「企業の経営問題」と打ち出していることに表れている。有識者が意見を出し合い総務省がまとめたこのガイダンスを、まず広告を出稿している企業にはぜひ正面から受け止めてもらいたい。
経営者も1人の読者として、ネット広告に不快になることはきっとあるはずだ。自分の会社の広告も同じように誰かを不快にしている可能性があり、それはいまやコンプライアンス上の問題にもなりかねないと、認識していただきたい。
さらにネット広告を展開するメディアやサービス、広告代理店もこのガイダンスを受けてさらなる改善に取り組んでもらいたい。そうしないと、広告主がフジテレビからCMを撤退した時のように、突然一斉にネット広告を取り下げる可能性があると考えてほしい。
ネット広告の問題は、いま取り組まないと大きな社会問題になりかねない局面を迎えている。
〈執筆者略歴〉
境 治(さかい・おさむ) メディアコンサルタント/コピーライター
1962年 福岡市生まれ
1987年 東京大学を卒業、広告会社I&Sに入社しコピーライターに
1993年 フリーランスとして活動
その後、映像制作会社などに勤務したのち2013年から再びフリーランス
現在は、テレビとネットの横断業界誌MediaBorder2.0をnoteで運営
また、勉強会「ミライテレビ推進会議」を主催
【調査情報デジタル】
1958年創刊のTBSの情報誌「調査情報」を引き継いだデジタル版のWebマガジン(TBSメディア総研発行)。テレビ、メディア等に関する多彩な論考と情報を掲載。原則、毎週土曜日午前中に2本程度の記事を公開・配信している。














