知る由もない故郷の状況

その言葉は春男さんの心に刺さった。なぜなら、日本兵かどうかなど、当時の立場で判断するのではなく、1人の人間としての生き方を見てくれていたからだ。その目線が無性に嬉しかった。シベリアで捕虜になってからは、捕虜として生きてきた。ロシア人も、捕虜として自分たちを見ていた。その目線は痛いくらい感じていたのだ。

ターニャは美しく、素直な性格で、何より自分を慕ってくれていた。日本人であることなど、気にする素振りも見せず、こちらも1人の人間として扱ってくれていた。もちろん、言葉の壁を克服したことも大きいが、彼らの普段の態度を見ても、国境の壁などは感じられなかった。

日本は戦争でアメリカに完膚なきまでに打ちのめされ敗れた。敗戦国となった日本には、アメリカ軍が駐留し実効支配していた。祖国日本は存在こそしているが、実際はどうなのか?シベリアでロシア人に情報統制される管理下にいては、知る由もなかった。

自分には帰る国などはもうない、帰る家などないのかもしれないと思っていたが、それでも祖国への未練もあったし、帰れないとなると、郷愁は増すばかりだった。

「自分はどうするべきか?」