戦後80年プロジェクト「つなぐ、つながる」です。観光名所の地下に眠る、旧陸軍の巨大な地下壕。一体何のために掘られたのか。戦争の記憶を後世に伝える取り組みが地元で続いています。
白い岩肌が、「鶴」が「屯」しているように見えることから名付けられた、奈良県香芝市の「屯鶴峯」。火山活動で作り出された景観は、観光名所になっています。
しかし、この地下に秘密の地下壕が存在することはあまり知られていません。
元教師の田中正志さん(66)。地下壕を語り継ぐ活動をしています。
NPO「屯鶴峯地下壕を考える会」 田中正志さん
「ダイナマイトの穴です。結構、これ深いんです。60センチ、70センチあると思います」
さらに…
NPO「屯鶴峯地下壕を考える会」 田中正志さん
「つるはしの痕です。これを見ると、当時の労働者がどんな姿で働いていたか想像できる」
これは地下壕の全体像です。東西2つに分かれていて、合わせると全長2キロ近くに及びます。
防衛省に当時の資料が残されていました。
「航空総軍命令。屯鶴峯地下施設ヲ促進スル」
アメリカ軍が沖縄に上陸し、本土決戦が間近に迫っていた時代。この地下壕は、陸軍が近くの飛行場に指示を出す「戦闘指令所」として掘られたと考えられています。
NPO「屯鶴峯地下壕を考える会」 田中正志さん
「今度は南九州にアメリカ軍が上陸してくる。上陸するときを叩こうということで、関西の飛行場を使って、そこから特攻機を飛ばそうとしていた。そのときに指令を出すのがこの場所だった」
当時、見習い将校として作業を指揮した男性の映像が残されています。
見習い将校だった 伊藤文三さん(当時68)[1992年]
「(Q.労働時間は?)昼夜兼行でね、3交代だったと思います。(Q.24時間仕事しているわけですね?)そうですね」
作業員の中には、朝鮮半島から徴兵された兵士もまじっていたといいます。
見習い将校だった 伊藤文三さん(当時68)[1992年]
「(Q.何人くらいいた?)3分の1くらい。(Q.300人のうちの3分の1?)はい」
陸軍が穴を掘り始めたのは1945年の6月。しかし、完成を見ることなく終戦を迎えました。
今年6月、地元の大学のゼミ生がフィールドワークで地下壕を訪れました。
帝塚山大学 3年生
「高いところにつるはしの痕があって、昔の方々が大変だったんだろうなと思います」
案内をした田中正志さんは、今後も地下壕の存在を語り継いでいきたいと話します。
NPO「屯鶴峯地下壕を考える会」 田中正志さん
「(戦争を直接知る)証言者がいなくなることは間もなくなので、生の戦争遺跡を見ていくことがこれから大事になっていくし、その一端を担うことができればと考えています」
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