当時、金属類は兵器に転用する目的で提供することが求められましたが…

清水元章社長:
「こういった蒸留機は接収されずに残りました」
「戦闘機の燃料が不足していた時代だったので、松の木の根っこに油がとれるんだそうです。そこでその油をこの蒸留機で精製することによって戦闘機の燃料にしようという計画があったらしく蒸留機は私どもの所に残ることになりました」

結局、蒸留機で燃料を造ることはなく終戦。

再び日本酒と焼酎の二刀流で製造を始めましたが、酒を取り巻く環境はしだいに厳しいものに。

1人当たりの酒の消費量はこの30年間、減少傾向。バブル期にくらべると25%減っていて単価の安い焼酎から撤退する酒蔵もありました。