1993年に長崎原爆被災者協議会の横山照子(現・副会長)が光石信幸(みついし・のぶゆき)さんに話を聞いた時の音声を編集しています。
母親が妊娠3か月で被爆したために「原爆小頭症」として生まれ、脳の発達異常のため知的障がいがあった他、様々な病に苦しんだ光石信幸さん。中学卒業後に働き始めましたが、行く先々で人間関係などの悩みを抱え、さらには障がいや体の不調のため思うように働けず、様々な職場を転々としました。
光石さんは心臓の疾患で長崎市内の病院に入院していましたが、1993年に呼吸不全のため死亡しました。47年間、孤独と貧困のなかで原爆小頭症と闘い続けた生涯でした。
注目の記事
“爪切りの頻度” が減ったら体からのSOS…? 飲酒や喫煙など生活習慣も原因に 指先の数ミリの成長が示す「体調の履歴書」メカニズムは?

SNSで「超激レア」と話題!高岡で見つかった“おばあちゃん標識”の正体は45年前の「愛」だった…

高い致死率「ニパウイルス」アジア各国で流行の懸念 ワクチン・特効薬なし…日本への流入リスクは?【Nスタ解説】

政策アンケート全文掲載【衆議院選挙2026】

「今日の雨おかしい」中学生を動かしたのは気象予報士の“10年前の後悔” 100回以上続く命の授業

「お母さんを探している」知人と飲酒するため…6歳未満の女児を自宅に11時間以上か 旭川の24歳母親を逮捕 路上にいた女児を通報人が発見









