2013年12月、京都市山科区にある「王将フードサービス」の本社前の駐車場で、胸や腹に銃弾を受けて殺害された、当時の大東隆行社長(72)。“餃子1日100万個”のキャッチフレーズで親しまれた「餃子の王将」の4代目の社長だった大東さんは、会社を売上高約740億円、680店舗を展開するまでに成長させました。
(王将フードサービス 社長・大東隆行さん 2009年)
「一番の餃子のおいしさというのは、やっぱりキツネ色に焼けて食べたときにバリっとしてジューシー感がある。そういう餃子を全店出していけばもっともっと餃子は売れるんですよ」
餃子の王将は1967年、京都・四条大宮に1号店を開店。看板商品の餃子は評判を呼び、次々と店舗を増やしていきました。今となっては飲食店で当たり前となった、ドリンクやサイドメニューなどの無料券の配布を最初に始めたのも餃子の王将でした。
ところが、1990年代後半、外食チェーンが林立し、状況は一変。バブル期の不動産投資などの失敗もあり、2002年度には470億円の有利子負債を抱え、倒産の危機にさらされます。この時に再建を託されたのが大東さんでした。
(王将フードサービス 社長・大東隆行さん 2009年)
「ものすごくしんどい時期がありました。30店以上の店を閉めて。それでも絶対に王将を立て直していきたい、やっていきたいと。好きやからつぶしてはならんという何かがあったんですよね」
大東さんは自ら店に出向き、どうすれば再び客が来るようになるかを考え続けました。そして、取り組んだのが「店舗の改革」でした。客席から厨房が見えるオープンキッチンを採用し、餃子が焼ける音や香りを客が感じ取れるようにしたのです。
何よりも従業員を大事にしていた大東さんは店長ひとりひとりの名前を覚え、倒産の危機を迎えた際も従業員は1人も辞めさせなかったといいます。毎朝6時に出社し、会社の前を掃除するのが日課だったという大東さん。その出勤時間帯を狙ったとみられる今回の事件。動機はいったい何だったのか。事件の全容解明が待たれます。
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