境港市で1945年に発生した旧日本陸軍の徴用船「玉栄丸」の爆発事故からで80年。23日献花式がとり行われました。
80年たった今も、犠牲となった父親に会えないままの遺族もいます。
「爆発事故で亡くなられた方のご冥福をお祈りし、御霊に黙とうをささげたいと思います。黙とう」
23日朝、境港市では参加者が玉栄丸の爆発事故が起きた午前7時40分に合わせ、「永久に安らかに」と書かれた慰霊碑の前で黙とうし、花を手向けました。
この爆発事故は80年前の1945年4月23日、境港市の大正町岸壁において、火薬などの荷揚げ作業中に玉栄丸が大爆発を起こし、死者120人、重軽傷者309人、全壊・全焼の家屋が431戸に上る山陰最大の戦災となりました。
父親を亡くした 仲元輝代志さん(84)
「親父の死体が見つからなかったです。80年経とうが何だろうがとにかく死体が見つかってくれれば一番。顔がわからないのが一番つらいです。」
当時小学3年生だった 遠藤量さん(88)
「80年というのは忘れてはならない。また語り継がなければならない。今生きている私たちが責任がある」
その後、境小学校の6年生の児童が
平和学習の一環として慰霊碑を訪れ、黙とうをささげました。
戦後、80年。
年々、遺族が少なくなる中、境港市はこの悲惨な記憶を風化させないために今後も献花式を続けていくとしています。














