11日で東日本大震災の発生から14年です。関連死を含め1400人以上が犠牲になった宮城県気仙沼市でも鎮魂の祈りが捧げられました。中継でお伝えします。

村上晴香アナウンサー:
私は今、気仙沼市の東日本大震災遺構・伝承館に来ています。この時間、伝承館はすでに閉館していて特別に許可を頂き、お伝えします。

14年前のきょう、気仙沼市では最大震度6弱の地震を観測しました。宮城県によりますと、気仙沼市では1220人が死亡、214人が行方不明のままとなっています。

村上晴香アナウンサー:
この伝承館は、東日本大震災の津波で大きな被害を受けた旧気仙沼向洋高校の校舎を当時のまま保存し、被害の大きさ、津波の恐ろしさを後世に伝える施設として2019年に開設されました。

村上晴香アナウンサー:
ここからは震災遺構・伝承館の及川淳之助館長とお伝えします。よろしくお願いします。

村上晴香アナウンサー:
私は今、旧校舎の1階にいるんですが、ご覧のように教室は、津波による傷跡が残されたままとなっていますね。及川さん、こちらはどんな部屋になっていますか。

東日本大震災遺構・伝承館 及川淳之助館長:
ここは会議室ですね。それで、ここに震災で津波に遭った漂流物ありますけども、あまりないですよね。ここは開口部が大きいということで、引き波でまだ中のものが出ていたという感じになります。

村上晴香アナウンサー:
窓が大きかったということで、もう天井がなくなっていたり、骨組みがむき出しになっていたりと、本当に津波の脅威というものを感じるんですが。こちらにはどれくらいの高さの津波がやってきたんでしょうか?

東日本大震災遺構・伝承館 及川淳之助館長:
約12メートル以上ですね。

村上晴香アナウンサー:
校舎のどのくらいまできたのですか?

東日本大震災遺構・伝承館 及川淳之助館長:
校舎の4階のちょうど床面から少し上がったところがですね。

村上晴香アナウンサー:
この4階外壁にえぐられたような跡があるんですが。これはどういったものですか。

東日本大震災遺構・伝承館 及川淳之助館長:
これは、向洋高校の前に冷凍工場があったんですが、それが津波で流されてきて、そして、この校舎の外壁にぶつかって破壊したという内容になります。

村上晴香アナウンサー:
この校舎にいた人たちはどうなったのでしょうか?

東日本大震災遺構・伝承館 及川淳之助館長:
この校舎は、海岸線から大体500メートルぐらい離れていました。震災当時は、170人ぐらい生徒がおりましたが、地震発生後、6mの大津波が来るという情報を聞きまして、今までマニュアルになかった教職員の機転の利いた避難行動で全員助かったということです。

村上晴香アナウンサー:
伝承館には、きょう鎮魂の思いを持った人たちが集まり、語り部の話に耳を傾けていました。

震災遺構・伝承館には、きょう全国から多くの人が訪れ、地元の中高生のガイドを聞きながら被災地に思いを馳せていました。

来館者:
「5~6年くらい前から(3月11日は)気仙沼に来るようになった。自分の命を大切にしたあとに人を思うことって大切だと感じた」
「この世のものとは思えない力を感じた。神戸の震災は水の影響がなかったので水の怖さを感じた」

また、仙台育英高校硬式野球部の1・2年生50人が訪れ震災の教訓を学びました。

気仙沼出身の部員:
「改めて震災の怖さを実感して、いま生きていることの大切さを感じた」

仙台育英高校硬式野球部 須江航監督:
「震災の記憶がほとんどない世代になってきている。小さい輪かもしれないけれどこの震災の記憶をつなげていく。輪をどんどん大きく出来たら」

村上晴香アナウンサー:
及川館長は、きょうをどのような気持ちで迎えましたか。

東日本大震災遺構・伝承館 及川淳之助館長:
私の3月11日は、犠牲者の方々を胸に刻む日だと思っています。

村上晴香アナウンサー:
きょうは、気仙沼市民だけではなく全国各地から鎮魂の思いを持った方々が集まり、黙とうを捧げていましたね。及川館長は、どのような思いで黙とうをしていましたか?

東日本大震災遺構・伝承館 及川淳之助館長:私は同僚10人を亡くしております。いつも思っているのですが、私と寝食をともにした消防職員を思って過ごしています。

村上晴香アナウンサー:
そしてこちらの伝承館、地元の中学生や高校生の方たちの語り部の姿も見られました。震災当時の記憶は、ほとんど中学生高校生ないとは思うのですが、しっかり、自分の言葉ではっきりと伝えているところが印象的でした。こうした若い世代が、これから震災の記憶教訓を伝えていくことも大事ですね。

東日本大震災遺構・伝承館 及川淳之助館長:
大事ですね。震災の記憶は、10年で薄れ始めると言われています。そして、30年で風化すると、そういうことで、震災を知らない子供たちが、命のバトンを繋いでいって、千代に八千代に繋げていければいいかなと思います。

村上晴香アナウンサー:
改めて、若い人たちに伝えたいこととは何ですか?

東日本大震災遺構・伝承館 及川淳之助館長:
どんなことがあっても、生きてほしいということですね。

村上晴香アナウンサー:
ありがとうございました。この時間は、気仙沼市東日本大震災遺構伝承館から中継でお伝えしました。