18日の午後1時より、港区の増上寺で、昨年10月に76歳で亡くなった俳優の西田敏行さんのお別れの会が営まれました。会に際して、脚本家の三谷幸喜さんが弔辞を述べました。

===三谷幸喜さん 弔辞 全文===
弔辞
いつも明るい方でした。
西田さんの周りにはいつだって笑いが溢れていました。
今日、この厳かな会場の中心に、西田さんがいる。
その現実に、僕は違和感を覚えずにはいられません。

西田さんから伺った話です。
遠い昔、西田さんが「西遊記」というドラマで、富士の裾野にロケに行ったときのこと。
休憩中に、西田さんはどうしても我慢できなくなり、草むらでそーっと、脱糞されたとのことです。するとそこへ、自衛隊の一個小隊が通りがかり、豚の姿で用を足している西田さんを見て、思わず全員で敬礼をしたということです。
西田さんから何度かこの話を伺ったことがあるのですが、これにはいくつかバージョン違いがあって、戦車が止まったとか、パラシュート部隊が降下してきたとか、いったいどれが本当の話なのか、今となってはもう、確かめる術がありません。

西田さんからいただいた言葉があります。僕の映画に出てくださったとき、撮影が始まる前に、西田さんはスタジオの隅に僕を呼び出しました。それは、売れない俳優役の佐藤浩市さんが、ギャングのボスの西田さんの前で、何度も何度もナイフを舐めるというシーンです。西田さんは、ご自分の台詞「そんなに気に入ったのなら、持って行きなさい」その部分を指さして、「こんな面白いシーンを書いてくれてありがとう。僕は、この台詞を言うのが、楽しみで楽しみで仕方なかったんですよ」と、おっしゃいました。脚本を書く人間として、これほど嬉しい言葉はありません。あのときの西田さんの言葉があるから、僕は今も、この仕事を続けていけます。
西田さんに会うことはもう出来ませんが、西田さんが演じた様々な登場人物達は、これからもずっと僕らを楽しませてくれます。たとえば、陽気なカメラマン。たとえば、人情味溢れるサラ金の取り立て人。ちょっと太めの木下藤吉郎。釣りが大好きなサラリーマン。世界的な冒険家。冷徹な医師。冷徹な医師の義理の父親。情熱的な映画館主。チャーミングな落武者。猪八戒。金田一耕助。徳川将軍。徳川将軍。徳川将軍。
西田さんは、かつてご自分の人生について、こう書かれています。「ただただ人を喜ばせ、楽しませ、それによって自分を喜ばせ楽しませたい」と。安心してください、西田さん。西田さんの残した分身達は、これからもずっと、僕らを笑わせ、泣かせ、喜ばせ、楽しませてくれるはずです。
感謝の気持ちを込めて
西田敏行さま
令和七年二月十八日
三谷幸喜
===全文 以上===

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