ニクソンショックで採用された輸入課徴金
ジャーナリストで帝京大学教授の軽部謙介氏は、1971年のニクソンショックにトランプ関税政策の原型があると、指摘しています。ニクソンショックとは、1971年8月15日に、ニクソン大統領が「新経済政策」を発表し、ドルと金の交換(兌換)を停止したものです。これを機に国際通貨体制は、戦後の固定相場制から変動相場制へと大きく転換することになるのですが、ニクソン大統領の「新経済政策」には、ドルを防衛し国際収支を改善するために、輸入課徴金を10%追徴することが盛り込まれていました。トランプ氏が主張する「すべての輸入品に10%の追加関税」と実質的には同じことです。
軽部氏の取材によれば、当時の各国の在米外交団の間では、この10%輸入課徴金を免除してもらうべく、アメリカに好意的な政策を採る国が出るのではないかと、疑心暗鬼が広がったとのことで、トランプ政権への「擦り寄り」を連想させる、今の状況とよく似ています。
結局、71年の輸入課徴金は、その後、通貨調整を決めた「スミソニアン会議」をもって撤廃されたのですが、後から振り返れば、輸入課徴金は、過度のドル高を是正し、各国に通貨高を求めさせるための『脅しの道具』として使われたことになります。輸入課徴金や追加関税を、自国に有利な秩序づくりのために使うのは、アメリカの「お家芸」なのかもしれません。
輸入関税を何のために使うのか
トランプ次期大統領が、個人的には、自国輸出の妨げになるドル高を望んでいないことは広く知られていますが、さりとて、ニクソンショックの時のように、追加関税をドル高是正の通貨調整のために使おうとしているという「証拠」は、今のところありません。
では一体、トランプ氏は一律輸入関税を何のために使おうとしているのか。現段階で精緻な構想があるわけではなく、今後、各国との個別の取り引きを有利に進めるためのお膳立てとみるのが常識的なのかもしれません。トランプ氏の頭の中では、要求の中身は、防衛努力でも、貿易黒字削減でも、市場開放でも、何でもありなのでしょう。
トランプ氏が「ドル高是正」に舵を切ることはあるか
為替について言えば、市場関係者の間では、トランプ政権の関税政策や大型減税は、インフレ圧力を強め、ドル高がさらに進むだろうとの見方が一般的です。その意味では、トランプ氏の金利安、ドル安志向とは、方向性は全く逆で、この点こそが、今のトランプトレードの最大の矛盾点でしょう。いつトランプ氏が、ドル高是正を言い出すのか、サプライズへの警戒は怠れないように思えます。
播摩 卓士(BS-TBS「Bizスクエア」メインキャスター)