江戸時代に「タクる」とは?

神戸:じゃ、「現在と近い」なら、これ!「猪牙る」。

下田:ちょきる……何か、カットするのか?

神戸:チョキチョキ?猪牙というのは、今は馴染みはないんだけど、小舟のことを猪牙船(ちょきぶね)と言ったんです。今の東京は首都高速が走りまくっていますけど、そこはお堀だったり川だったり。江戸は、水の町でした。そこを走る猪牙船に乗って、吉原に行ったりするわけです。つまり、猪牙船に乗ることを「猪牙る」と。

下田:ちょっと(笑)それって、現代でも言ってますよね。

神戸:タクシーに乗る時に。

下田:「タクる」とか?

神戸:あまり言わないけど、言ってた人いましたよね。その「タクる」と同じなのが、「猪牙る」。この乗り物に乗って行っちゃおうぜ。「おい、ちょっと猪牙ろうぜ」って。

下田:本当?

神戸:今と変わらない。

神戸:こんなのもあります。「所作る」。

下田:しょさる?「所作」って……

神戸:「所作る」は、踊るということです。所作は、「所作振る舞いが美しい」という言い方をするのに使う言葉ですよね。それを動詞にしちゃうと、「身の振る舞い」とか「踊り」という意味で、「所作る」。動詞化する。「さてここは一番、わしが所作ろうか」みたいな感じで使うのかな。

下田:名詞に「る」を付けて動詞にする。今も「ググる」とかそういう言い方しますね。Googleで調べものをする。

神戸:全く同じですね。

下田:タピオカを飲むことを「タピる」。もう今は廃れてるかもしれないけど(笑)

神戸:ははは。それは辞書に残らないでしょうね。でも『江戸語の辞典』には、「猪牙る」も「所作る」あるんですよね。

おじさんが怒ったろう若者言葉

神戸:で、こんなのもあります。「けんびる」

下田:ケンビ?何でしょうね……。才色兼備。

神戸:あ、そうじゃなくてね、剣菱。お酒の銘柄。

下田:ああ、ありますね。

神戸:剣菱って、江戸後半に超人気のお酒だったんです。高い酒の「剣菱」を飲むことを……。

下田:「剣菱る」?

神戸:と言った。

下田:今だったら獺祭、「だっさいる」?

神戸:むしろ分かりにくい(笑)「酒は剣菱じゃなきゃ!」みたいな時には「おい、剣菱ろうぜー!」。「けんびろう」っておかしいよね。

下田:おかしいよねえ。でも、現代の人も言ってそうなことを、江戸時代から言ってるんですねえ。

神戸:意外と人間って、行動の原理はやはり変わってないところもあるんですね。初回にお話ししたのは「天地替え」。前後を変えて「そば」を「ばそ」と言ったりしたのと、この「猪牙る」「所作る」というのも、今と全く同じでしょ。

下田:そうですよね。

神戸:若者のはやり言葉を「おかしい!」とおじいさんが怒ったりしているんです。

下田:「乱れてる!」と。

神戸:そうそう、それも一緒。

下田:江戸時代でも、「ちょっと最近言葉乱れてねえか?」みたいなことだった。

神戸:「当世の流行り言葉ばっかり使うんじゃねえ!」みたいな言い方をしてたようですよ。人間は意外と変わらない。

下田:変わらないですね。粋な言葉もたくさんありまして、そして語源も知ることができて、楽しゅうございました。

◎神戸金史(かんべ・かねぶみ)

1967年生まれ。毎日新聞入社直後に雲仙噴火災害に遭遇。福岡、東京の社会部で勤務した後、2005年にRKBに転職。ニュース報道やドキュメンタリー制作にあたってきた。やまゆり園障害者殺傷事件やヘイトスピーチを題材にしたドキュメンタリー最新作『リリアンの揺りかご』は各種プラットホームで有料配信中。