久保田さん:
「甲府空襲の時のもらい火で延焼した。それの痕跡」

太平洋戦争末期の1945年7月に起きた甲府空襲。
アメリカ軍の爆撃で甲府の市街地は一面、焼け野原となり、1127人が命を落としました。

凄惨な空襲に耐えた数少ない建造物のひとつがこの旧岡島です。

甲府空襲の後に残った岡島のビル 提供:甲府市教育委員会

久保田さん:
「鉄筋コンクリートという不燃構造だったから(残った)。この辺り一面が空襲で焼け焦げて、言ってみると「墓標」ですよね」