自分の欲のために人を傷つけることがあってはならない

──「正体」では、それぞれの人物が抱く信念や正義、真実が描かれています。染井先生が自身を貫くために大事にされていることは何でしょうか。

難しい質問ですね(笑)。日本は法治国家で、法律に基づいて我々は生きています。でも、それを破らないようにしてはいても、何事にもグレーな部分ってあると思うんです。とくに現在はモラルがすごく問われる世の中ですよね。犯罪ではないけれど、「それは人としてやっちゃいけないんじゃないか」という定義があふれているのではないでしょうか。それを責め立てて、匿名で他人を誹謗中傷する事例が多いのかなと。

──正義を振りかざすような風潮に危険性を感じられますか?

自分が正しいかどうか、その善悪の判断は自分にしか決められません。そんななか、僕自身が気をつけていることは、他人を傷つけてまで自分をすっきりさせないこと。自分の欲のために人を傷つけることがあってはならない。シンプルに考えると、それが一つの基準なのではないかと思います。ネットの情報といったいろいろなものに吸い込まれて煽られて…そこに乗っかっている世の中ですけど、自分の目で見て聞いて判断することが大事なのではないかなと。『正体』では、主人公と出会った人々がそれぞれ行動を起こしていきますので、自分の目で判断することがキーワードとして大事なのかなと僕は考えます。藤井監督ともそんな話をした気がします。

人が100人いればそこには100通りの考えがあり、ときに感情のかけ違いやもつれが生まれる。それがトラブルに発展することも少なくはないだろう。そうさせないためには何が必要なのか──。考え方が違う人間同士が寄り添い、一つの社会で生きていくために大切な“信頼”の生み方を、『正体』を世に送り出し大きなプロジェクトとして制作者に託した作家・染井為人氏の懐の大きさから感じた。