救いのある展開に自分自身が救われた思い

──小説の初版が出版されたのが2020年。その2年後に発行された文庫本には異例の内容と言えるあとがきが掲載されています。
あのあとがきは(主人公の)鏑木慶一に対する懺悔です。「正体」はあくまでフィクションでありエンタメ小説ではありますが、あんなにいい子の結末があの形であったことに心残りがなかったわけではなかったので。
──9月12日にポストされたSNSには「映画『正体』は小説「正体」のアンサー作品だと思う」とも書いていらっしゃいます。その真意とは?
率直な気持ちです。僕は、自分が書く作品には大抵、いいやつにもイヤなところがあったり、すごく悪いやつにも人間らしいところがあったりという描写をするのですが、『正体』に出てくる警察は権力の象徴です。映画ではそんな警察を、山田孝之さんを通してある種の“良心”を入れて描いてくれています。だからこそ、映画での描き方にはありがたさを感じたんですね。実際のところ、小説を読んだ方々からは「悲しさだけを表立って終わらせてほしくない」という声もかすかに聞こえましたので…。映画ではある種の救いがあったことで、僕自身もちょっと救われた気持ちもあります。
──小説も映画も、原作者にとってはどちらも大切な作品になったといえますか。
最近、とある書店さんが書いてくださったレビューを拝見したんです。そこには「小説と映画の二つを見て完成する」とあったのですが、いいこと言うなと思ったんですよ。小説だけだとちょっとつらすぎる。でも、映画を観た後に、物語のさらに深いところに入っていくために小説がある。そんな関係でもあるのかなという気がしています。