被告が義理の娘である被害者と出会ったのは、今から約10年前。結婚した女性の連れ子で当時はまだ3歳だった。
その後、被告は被害者が5歳の時に被害者の実母である女性と結婚。
入籍後から事件が発覚するまで同居していて、生活費などは主に被告の収入で賄っていたという。
また被告人は被害者に対して幼少期から日常生活の指導や監督も行っていた。
そんな父親だった被告人は娘が小学2年生のころに自宅の風呂で、被告自身の体の一部を触らせるわいせつな行為に及んだ。
さらに行為がエスカレートしたのは娘が小学校5年生のころ。
注目の記事
「本当は命を失う場所ではなかった」津波にのまれた指定避難所…震災を知らない大学生が被災地で辿る“後悔と教訓”の15年

「私たち家族の楽しい思い出はすべて消え、苦しみや悲しみに変わった」娘を事故で失った小学校の元校長が訴える“命の尊さ” 修学旅行の引率中に「美果が交通事故で死んだ」と連絡が【第1話】

【「公立いじめ」との声も】授業料無償化先駆けた大阪のいま…公立高校の約4割が定員割れ『私立有利・公立不利』の状況は“負のスパイラル”生む懸念【教育アドバイザー・清水章弘さん解説】

“ながら運転”小学生男児トラックにはねられ2年経つ今も意識不明•生涯要介護も…適用されない『危険運転』両親訴え「罪が軽すぎるのではないか」

家族が死刑囚になったーー「殺人鬼の家族と呼ばれようとも」 残された両親と弟、過酷な現実の中で今も生き続ける

3・11午後2時46分発車の仙石線『命を救った判断』あの日の記憶胸に“ビーチサッカー”で目指す姿【東日本大震災15年】









