70年前に起きた悲しい災害。
それは、先人たちが必死に生きようとした証であり、今の暮らしはその犠牲と努力の上にある事を忘れてはいけません。
岩内町は、火災から復興した際に、全国各地から救援物資などの支援を受けたということで、いまでも、例えば2011年の東日本大震災、それから今年の能登半島沖地震などにも、いろんな救援物資を支援したり、町営住宅を提供したりしているということです。
一方、洞爺丸台風から33年後、1988年、青函トンネルが完成しました。トンネルではいま、新幹線が走っています。私たちの暮しを便利にしていますけれども、もとをたどれば、この洞爺丸台風がきっかけだったといえます。
昭和の出来事は、年々歴史の一部になっていくので、しっかりとこういうことを改めて次の世代に引き継いでいかないといけないなと、将来に向けた備えをそこから学んでいかないといけないなと、今を生きている私たちの責任だと思います。
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