原爆の記憶を語り始めた92歳の被爆者が、母校の高校で初めて証言活動をしました。後輩たちに伝えたかった思いを取材しました。
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92歳の被爆者、才木幹夫さん。広島国泰寺高校の前身で「一中」と呼ばれた「広島第一中学校」の出身です。

広島国泰寺高校の前身 「一中」出身 被爆者 才木幹夫さん(92)
「皆さん、こんにちは。こんなにたくさん、原爆被爆の体験を聞こうという皆さんの熱意に感動しています」
才木さんが証言者として活動を始めたのはことし4月。会を企画したのは、3年生の小林芽衣さんです。
生徒60人あまりが集まりました。

企画した広島国泰寺高校3年 小林芽衣さん
「才木さんは『話したくなかった』『罪悪感があったから』と。そこまでして私たちに伝えようとしてくれているのはなぜなのか知りたかったですし。どうしても先輩からお話を伺いたいなと思って」
79年前の原爆投下によって一中では、屋外で「建物疎開」の作業をしていた1年生を中心に、生徒や教職員、369人が亡くなりました。

才木さんは、当時2年生。「建物疎開」に行くはずでしたが、才木さんのクラスは急きょ休みになったため、自宅にいて無事でした。
慰霊碑には原爆で亡くなった生徒たちの名前が刻まれています。
生き残ったことの罪悪感から避けてきた「原爆」。母校では紙一重で生死が分かれた生徒たちのことも伝えたいと考えています。

広島国泰寺高校の前身「一中」出身 被爆者 才木幹夫さん(92)
「当時は全て、生き残ったことへの後ろめたさというものが、死んだ人に対してあるわけですよね」















