森根絹代さん
「沖縄県民として地上戦があったことをずっと学んできたから、それを生かせる機会が今回だと思うので、現地の方に寄り添って現地の方を笑顔にすることができたら自分が行った意味があると思う。

今月15日、ウクライナ避難民の支援のため那覇空港を出発した森根絹代さん。学生ボランティアとして2週間、ウクライナの隣国ポーランドで支援を行います。

Q荷物はたくさんある?
「できる限り少なくしています。現地で洗濯もできる予定なので荷物はできるだけ少なめ」

初めての海外に少し緊張した表情を浮かべながらも、『自分にしかできないことをしたい』と強い決意で旅立ちました。

日本時間の今月16日、全国から選ばれた15人の学生とともに無事ポーランドに到着した森根さん。避難民が一時的に滞在する施設の整備や物資の提供などを中心に活動を行っています。

森根絹代さん
「実際に戦っているシーンを見たわけではないんですけど、避難する方々の焦りが目に見えてわかるので、私たちからしたらボランティアしに来ているからサポートしていればいいんですけど、現地の方は自分の人生がかかっているというかこれからの生活がかかっているのが目に見えてわかったのがボランティアする中で苦しかった」

森根さんは、琉球大学の国際地域創造学部に通う2年生。家庭の事情で1歳半からの17年間は児童養護施設で育ちました。

養護施設の卒業式での森根さんの挨拶
「私は1歳半の頃に入所し今年で17年目になります。施設で生活をしているとデメリットを探しがちで夢を諦めてしまう人も多くいると思います。デメリットがあるということは絶対にメリットがあるということだと思います

児童養護施設の卒園式でこう語っていた森根さん。環境を言い訳に挑戦することを諦めて欲しくないと、同じ立場にいる子どもたちに伝えていました。


森根絹代さん
「全然恥ずかしいことじゃないし、別に悪いことでもないから隠さなくてもいいと思うし。児童養護施設にいるから、家族と住んでいないからと諦めて欲しくない。児童養護施設にいるのって最初の18年とかで、あと80年くらいあるじゃないですか。そんな長い間あったら絶対なんでもできると思う。そこは自分の頑張り次第。それを言い訳にしてほしくない、この環境を言い訳にして欲しくない」

施設を出る18歳になった去年、一人暮らしを始め、教員になるという夢に向かって挑戦を続けています。

森根絹代さん
「自分自身が視野を広げて将来子どもたちと関われるようになりたいというのがあったので、今回ボランティアを見つけて 現地の人と関われるというのと、現地の人から聞けること 遠くから情報を得るだけじゃなくて実際に現地に行って情報を得ることができると思ったので応募しました。」

森根さんが支援を行う中で意識したのは「対等な立場」で接すること。それは自身の経験が関係していました。

森根絹代さん
「自分が施設にいたときに外部の方からご飯を支援してもらったり 美味しい食事を支援してくれたり 物を支援してくれたりするんですけど、かわいそうと思ってやっているわけではないと思うんですけど、たまにそういう目で見られる、言われたりする」

「(ウクライナの人たちと)立場は違うけど対等だなと思っていて そういう関係で上とか下とかなく対等な関係でサポート出来たらいいなと思っている」

自分だからこそできることがある。森根さんはこれからも挑戦を続けます。


森根絹代さん
「戦争って本当に当たり前や日常を壊す、本当にやっちゃいけないことなんですけど、でもやっぱり起きてしまうこと。今自分に何ができるとか、沖縄県民の方が今すぐに戦争をなくすために直接的に何かできるというのは言えないんですけど、沖縄県民として地上戦があったことを伝えていく、今自分たちの世代がそういうことを考えて行動に移すというのが大切だなと思う