松村さんが被爆者を撮影するようになったきっかけは、被爆2世の妻、麻実さんの存在です。

麻実さんの父親は、長崎造船所で被爆しました。

写真家・松村明さん「私自体が長崎と因縁を持ったという格好になるわけだから、長崎についてしっかりと捉えなければいけない、考えなければいけないなという思いがちょっとあって」

松村さんは、カメラマンとして働いていた新聞社を2005年に退職。
その後、本格的に原爆に関連する写真を撮影するようになりました。

写真家・松村明さん「この石なんかがバクッとこう一瞬にしてぶっ飛んでしまった跡ですよね」

松村さんが最初に撮り始めたのは、被爆マリア像などの遺構でした。


原爆の被害を遺構の写真で表現しようとしていた松村さん。撮影を重ねる中で別の思いが芽生えてきました。

写真家・松村明さん「被爆という事を語るにあたって被爆者の方がおられないっていうのは被爆を語るに値しないかもしれないなという思いが出てきて。最初は被爆者の方を撮るのが私としてはとても重くて立ち入れないかなという思いがちょっとあったんですが」

松村さんは、被爆した人たちの写真で原爆被害の実態を表現したいと思いましたが、応じてくれる人はなかなか見つかりません。