日本勢の活躍に沸くパリオリンピック™。メダル獲得が期待される那覇市出身ウエイトリフティングの宮本昌典選手の秘めた思いに迫ります。涙の東京オリンピックから3年、亡き母を思いパリの舞台に挑みます。

宮本昌典
「自分の周りの人が支えてくれたのに英雄になれなかったのが悔しいです。パリオリンピックではもっと強くなった姿でこの舞台に戻ってきたい」

ウエイトリフティング・73キロ級の宮本昌典。ある思いを持って臨んでいた東京オリンピック。しかし、その思いは叶わず7位に終わりました。

肺がんを患い、病床で息子を応援していた母・由美子さん。東京オリンピックからおよそ4か月後、天国に旅立ちました。

がんを患っているということは、東京オリンピックの直前に知らされました。

宮本昌典
「自分も試合前で家族が自分のことを心配してくれて逆に報告してくれなかったり。その思いも含めて、母親が東京オリンピックのあとも生きるという希望だったんですけど、状況的には厳しい感じで、最後自分が輝く姿を見せたいなというのがあった」

母は競技を続ける息子をいつも応援してくれました。RBCには、高校時代の宮本を支える母・由美子さんの映像が残っています。

母・由美子さん
「野菜が筋肉を育てるって言っていたんで、80%は野菜ですかね」

高校時代の宮本昌典
「食べているときは幸せだなと思います」

幼いころから、子どもたちに寄り添ってきた由美子さん。

母・由美子さん
「(兄と)9歳ぐらい離れています。でも、まーくん、とっても小さいんですよ。いつも運動会のときは一番前。前にならえっていうと、これ(腰に手)しかしないです、うちの息子(笑)。子どもたちみんな小さいから…」