渡海先生の判断力とLITA-LAD(リタエルエーディー吻合)

しかし渡海先生はセオリーを無視し左開胸(左の胸を切開)での手術を行います。確かに左冠動脈は心臓の左側にあり、左開胸でのバイパス手術は施行できないわけではありませんが、この緊急事態の時に左開胸で手術を施行することはほとんどありません。人工心肺も回さずに左開胸で冠動脈瘤の処置を施行します。しかも、この冠動脈瘤は左前下行枝の根本にありますので、あの開胸ではかなり深いところでの処置になりますが、それをいとも簡単に行ってしまう。

さらに図1を参照していただくと、冠動脈瘤の処置(冠動脈の瘤を糸で縫合して止血する)をするとその先の前下行枝には血液が流れませんので、バイパス手術をしなければなりません。バイパス手術とは詰まった冠動脈に迂回路を作って血液を流す手術です。

渡海先生は冠動脈瘤の処置を終えた後に「椅子!」といいますが、これは椅子に座って胸骨という胸の骨の裏側にある内胸動脈という血管を剥がすためです。

内胸動脈という血管はバイパス手術のグラフト(バイパスに使用する血管)では最も良質で「神様がくれた血管」と呼ばれています。内胸動脈を丁寧に周囲組織から剥がして、冠動脈に髪の毛よりも細い針糸で縫って吻合するのですが、心臓外科医、特に冠動脈外科医にとってこの左内胸動脈−前下行枝バイパス(LITA-LAD リタエルエーディーと読みます)を美しく作り上げれることは一つのステータスであり、選ばれし者しかできない技であります。きれいに吻合できて、血流が乏しかった冠動脈に血流が流れて、心臓が元気になるときの喜びは最上のものがあります。

私自身もこのLITA-LADバイパスができるようになるまで10年以上かかりましたし、まだまだ世界最高の吻合を目指して修行中であり、この修行は一生続きます。残念ながら渡海先生が左内胸動脈(LITA)を採取している場面はモニター画像でしかありませんでしたが、撮影中に二宮さんがLITAを採取して、LITA-LAD吻合しているところを見た時は「二宮さんがLITA採っているよ!」「LITA-LAD吻合しているよ!」と勝手に興奮していました。これは冠動脈外科医にしかわからない感動であります。

と、自分だけ興奮してしまった撮影だったのですが、渡海先生は田村さんと楠木さんを同時に助けるために高階先生にスナイプをさせるべく左開胸で手術をしていたのです。

このように一度に2つ3つの問題を抱えた患者さんなんてたくさんいるの?と思われる方もいるかもしれませんが、けっこういます。そういうときは、治療の順番をどうするのか、一番患者さんに負担を少なくするためにはどうするか、つまり治療完結の最短距離は何かを考えるのですが、今回はこの2人の患者さんを渡海先生が超最短距離で救ったという物語でした。

しかも最先端医療器機であるスナイプを使って。ポリシーなんて関係ない、命の為ならどんな手段でも使う渡海先生の信念を見ました。渡海先生が行った楠木さんの手術のシェーマ(手術の絵)が図2となります。

図2)渡海先生が行った楠木さんの手術の図

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イムス東京葛飾総合病院 心臓血管外科 
山岸 俊介

冠動脈、大動脈、弁膜症、その他成人心臓血管外科手術が専門。低侵襲小切開心臓外科手術を得意とする。幼少期から外科医を目指しトレーニングを行い、そのテクニックは異次元。平均オペ時間は通常の1/3、縫合スピードは専門医の5倍。自身のYouTubeにオペ映像を無編集で掲載し後進の育成にも力を入れる。今最も手術見学依頼、公開手術依頼が多い心臓外科医と言われている。